真空で何も無いと思われていた(それが常識だった)宇宙空間に、今ではdark matter、dark energyと呼ばれる、まだ観測はされていないが確実に存在する energy or energy fieldがあることが分かっている。子供の頃の僕は宇宙空間が真空で何も無いなんて嘘だ!絶対何かあるはずだ!それを僕が調べてやる!そう思っていた。子供の頃僕が証明したかった(予言していた( ̄▽ ̄) ニヤ)物を現在の宇宙物理学者達が代わりに証明してくれた形だ。 人にもそのようなまだ観測されていない情報を含んだ未知のenergy fieldがある可能性は高い(これも予言(^・^))。それはdark energyなどと一体なのかもしれない。 人が情報を含んだエネルギー体であるかもしれない証拠として、心臓移植に際し、レシピエントの術後の嗜好や性格、記憶がドナーのそれと同じように変わってしまった報告や、「生まれ変わり/輪廻転生」が証明された報告も一部にはある。医学的には説明は難しいし、あり得ない。しかしAyurveda理論や超ひも理論においてはエネルギー的にそれも説明ができるのだ。 臨死体験とか幽体離脱という言葉がある。個人的には信じていたが、医師として、科学者としてそういった事を聞くのはタブーだと思っていた。あるとき、思いきってある患者さんに聞いてみた。 「臨死体験しましたか?」と。。22歳女性、偶発性低体温症で完全に心肺停止になったが、当院で蘇生し完全回復を果たした。詳細は避けるが、「心停止している自分」を、そして、「死後の世界」を自分の意識(目)で見て来たようだ。「何か」が身体から離れ、そしてそれは「意識」を持っていたと言う証拠であろう。
★「死」=医療の敗北? 現代医学は「病気からの死」=「医療の敗北」であると考える傾向にある。それが起因してか、本来医学が真剣に扱うべき「死」については現代医学では全くと言っていいほど研究は行われず、避けられて来た。しかし、魂(未知のenergy field or matter)は永遠で、それが本来の自分であり、その魂が何らかの理由で(ある目的を持って)一時的に肉体を持っていた「だけ」、であるとすれば、「死」=「敗北」ではなくなる。しかもそれは、「制限された感覚:五感」しか持たない肉体から自由になれる事を意味する。 死に瀕した時、「自分=真我=魂」は、肉体を持った理由・目的が終わったから自由になりたいのかもしれない。「その時」が来た人を現代医学のあらゆる手段を用いて「ただ、ただ、延命する」ことは、果たしてその人にとって幸せな事なのだろうか? ★ 生まれてくる目的は何なのか? では、魂が肉体を持つ目的、すなわち「生まれてくる目的」は何なのか?それは現代医学では説明できない。AYVはこれをカルマ(Karman)、ダルマ(Darman)と言う言葉で説明している。自分が行った悪行(業、カルマ)を浄化するため、でもあり、特別な目的を持っていたりもして、その目的を達し、自分の霊格を高めるという作業をすること(ダルマ)の為に何度も生まれるのだそうだ。そしてどんどん霊格を高める事によって純粋意識/宇宙意識に近づく。すなわち「解脱する」事によって輪廻転生の苦行から離脱できる。簡単に言えば、修行をするために、純粋意識/宇宙意識と一致する為に生まれて来ているのだ。この世に生まれる時に五感(のみ)があたえられる。先にも書いたように制限された五感に縛られるのは、実は苦行なのだ。 となると、「死」=「苦、悲」なのだろうか?逆の気がする。現世で目的を達した後に死ぬ事によって「修行学校から(一旦)卒業できる」のである。もしくは「上の学年に進級できる」のである。教室を一つ隣りに移るだけの事なのだ。そんなに悲しむ事は無いのかもしれない。恐れる事は無いのかもしれない。 どうしても頭に残って消えない出来事が一つ。我々H7年入局の麻酔科医同期にDr Ez..が居た。彼は入局して間もなく事故で他界した。麻酔を身につけた後は心臓血管外科医になるつもりだったらしい。葬儀で彼の一番の友人であったDr Asa..(心外に入局)は友人代表の挨拶で言った。「お前の代わりに一人前の心臓血管外科医になってやる!見ていてくれ!」と。その言葉がやたらと記憶に残り、何年も僕の頭から離れなかった。その事が「彼の生きる目的」になったような気がしたからだ。そして彼は修行を積み、手術をバリバリ独り立ちできるようになった時、病でこの世を去った。「生まれて来た目的」を達したかのように。彼が他界してしばらく、幼い息子さんが部屋の空中の一点に向かって、「お父さん」に話しかけていたそうである。彼の魂が今でも存在している証しであろう。
★Spiritualityも考慮したWHOの健康の定義論争 "Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity." WHOの健康の定義である。1999年、この定義を以下のように改訂しようという議論がWHO総会でなされた。 "Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity." ここで注目すべきは「spiritual的にも良好な状態」を健康と定義することが議論されたのである。まだ議論の段階ではあるが、世界はすでにそう言った所にも目を向けている。