ここ数ヶ月はアベノミクス,という事で景気の良い話が多いですが、それまでの数年間はひたすら景気、雇用ともに不安だらけでした。その影響からか、大学受験生の間でも「確実に就職できる」理系学部の人気が上昇しています(下図)。

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とくに、医学,歯学、看護学、薬学といった医療形の資格に関わる学部の人気はすごいですね。これらにくらべると、理学部,工学部の上昇はそれほどではなく、「理系人気」ではあっても、「理工系人気」とは言えないかもしれませんが。

また、理系というと数学や物理の能力が要求され,偏差値の高い学生たちに人気という印象もありますが、実際には学力の低い学生の間でも,理系指向は強く見られます。下の図は、私立大学を偏差値でA~Eのランクにわけ、それらでの志願者数の増減を示しています。文系ではほとんどのランクで横ばいか減少なのに対し、理系は全てのランクで上昇,特にランクの低い大学で上昇が顕著である事が分かります。

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この傾向について、調査をした駿台は「景気低迷や厳しい就職難から、従来は大学進学を考えなかった層も「なんとか大学へ」と進路変更をしたケースも考えられます」と述べていますが、私も自分の経験から,この説に賛成です。

私の教えている大学(理系)もレベルはそれほど高くないですが、志願者は増加しています。そして、入学してくる学生たちに本学を志望した理由を聞くと「就職しやすそうだから」、将来の夢を聞くと「就職する事」、人生で自分が大切にしている事は「金」、という返事が返ってくる事が少なくありません。つまり、理系を勉強したくて入ってきているのではないのです。

こういう「理系=就職」という考えで入ってくる学生は、とにかく必要最小限の努力で単位を取り、残りの時間はひたすらバイトに費やします。そうなると、大学の成績も悪く、他に目立った活動もしていないので,就職面接で苦労します。なんとか話を「盛って」(=ウソ話)就職面接を乗り切ろうとしますが、当然相手に見透かされ、全く相手にされません。結局、理系の大学に入ったのに、文系の学生が行く企業を受験し、しかも文系の学生とコミュニケーション能力等で太刀打ちできず、就職浪人する事になります。

このように、せっかく理系の志願者が増えても、理系大学を就職予備校と考える学生が多くては、教育の効果はほとんどないと言えます。理系の学生をとる企業は、本当にこの学生は自分の専門分野が好きか,熱意を持って勉強しているか、ということを厳しく評価します。単に理系大学を卒業したから採用しよう,という事は絶対にありません。学生さんたちは、就職が目当てで理系学部に入学したとしても、いったん大学に入ったらその学問分野を真剣に勉強し,その分野で何か企業にアピール出来るような体験を積む事を、薦めておきたいです。



最近,いくつかの新聞や雑誌でユニクロがいわゆる「ブラック企業」ではないか、という記事が見られました。それにたいしてユニクロの社長の柳井氏が反論し,その内容がさらに波紋を呼ぶ,という事態になっています。

私はユニクロで働いた事が無いので、ユニクロがブラック企業であるかは判断できません。ただ、3年で50%という離職率は高いな,と感じました。ただ、こちらの資料によると、飲食サービス業の3年離職率も50%近いので、この数字だけを取り上げてユニクロをブラックというのは,フェアではないかもしれません。

図1 新規大学卒業就職者の産業別離職状況(平成21年3月卒)
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むしろ私が気になったのは、柳井社長がおっしゃっていた「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく」という話です。企業がグローバル化すると、一部のエリートを除けば給料は安い国の水準に合わせなければ価格競争が出来ないので、100万円程度にも成りうる、という事です。たしかに、日本人の半分以下の給料で日本人以上に働く労働者が途上国には多くおり、単に日本に生まれたというだけで高い給料をもらう理由は無い,という議論は一理あります。

しかし、日本の若者が不当に高い労働条件や給料を要求し,それが満たされないから会社を辞める,なんとゼイタクなんだ!という議論には賛成できません。私がイギリスにいたとき、東欧からイギリスに移住をして,農業に従事する若者たちの話をよく聞きました。かれらは祖国にいたときよりは高い給料をもらっているのだから,本来喜ぶべきですが、なぜかイギリスの生活には不満で、多くが祖国に帰ってしまいました。なぜでしょうか?

それは、イギリス社会の中で「低賃金労働者」として生きていく事が耐えられないからです。それよりは、たとえ額面上の収入が減っても、祖国で「平均的な労働者」である方が幸せだったからです。もちろん、一部の人はイギリスにのこって「低賃金労働者」として働き続けますが、それはあくまでも,がんばっていればそのうち給料がもっと高い仕事に就き,最終的にイギリスで「平均的な労働者」になれる,という希望を持っているからです。

このように、若者が働くにあたっては、単に額面の給料だけでなく、仕事をする事によって得られる生活レベルが、その国の水準以上を確保できる物かどうかが重要です。どんなに「君と同じ仕事を,インドネシアの若者は半分以下の給料でやってるよ」といっても意味がありません。それは、おなかをすかしている子に「アフリカでは、3日に1度しか食事できない子がいっぱいいるんだ!1日ぐらい食わなくても大した事無い!」というようなものです。

私は、いわゆるグローバル化というのが,極端な所得格差を生む事を非常に心配しています。教育現場でも、いったん学力格差が生じてしまうと、学力下層の学生は意欲をなくしてしまい,上を目指して勉強させるのがとても大変です。それと同じく、いったん所得格差がついてしまうと、低所得者層が勤労意欲をなくし、物乞いや生活保護でしか生きていけなくなる事を危惧しています。東京の路上という路上に浮浪者があふれかえり、そこをフェラーリに乗ったお金持ちが猛スピードで通り過ぎていく、そんな社会に何の価値があるのでしょうか。

以前のブログ記事で、ムーク(MOOC: 大規模オンライン講義の事)が大学教育を大きく変える可能性があること、スタンフォード大学やハーバード大学など、超一流大学がこの分野に参入し、オンライン教育革命の主導権を争っていること、をお話しました。この動きは朝日新聞などでも取り上げられ、日本の優秀な学生はアメリカのムークに持っていかれてしまうのではないか、などという論調もみられました。

しかし、ムークの将来に楽観的な人ばかりではありません。アメリカでは非常に盛んで日本でも取り組みが始まるムークですが、ヨーロッパではほとんど広がっていません。また、アメリカでムークの授業をする人の中からも、その効果を疑問視する声が上がっています。

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たとえば、アメリカのThe Chronicle of Higher Educationという大学教育に関する雑誌が行った調査では、ムークの導入により教育のコストを下げられる可能性はあっても、ムークの授業だけを受けてテストに合格した学生は、自分の所属大学の単位をもらうには値しない、と答えています。つまり、ムークを成果の授業と平行して進めることで教育効果は期待できるが、ムークだけでは不十分、というわけです。

また、コロンビア大学のチームがワシントン州の大学で行った調査によると、オンラインで授業を取った学生たちは、対面式の授業を取る学生に比べ、コースを完了することがすくなく、完了しても成績が悪いことを示しています。

これは、オンラインで授業をとらせる場合、学生の勉強意欲をログイン回数など表面的な指標でしか把握できず、対面式のように「なんとなく元気が無い」「授業中、つまらなそうにしている」などの、アナログなサインを見逃してしまうから、と考えられます。つまり、対面式なら生徒が悩みを訴える前に教員が対応できるのに対し、オンラインだと、どうしても対応が後手後手になってしまうようです。

私自身,色々なオンライン教材を作ったり、授業で使用したりしていますが、100%オンラインで授業をしたいとは思いません。学生の前で授業をしていると、自分の話しているネタが学生にどういう風に受け取られているかが分かり,授業改善につながりますが、完全オンラインだと相手の顔が見えないのでリアクションが分かりません。ある漫才師の方によると、テレビでばかり漫才をするとリアクションが分からないから、必ず生の舞台でネタを出して、観客の反応をチェックするのだそうです。同じ事が,大学の教員にも言えると思います。