スケルトン イン ザ クローゼット

スケルトン イン ザ クローゼット

毒親持ち、三十路。
家庭をもってもおかしくない歳になり、
いろいろ思うところがあって、
この頃少し、普通のフリして生きるのに疲れてきました。

Skeleton in the closet

他人に知られたくない家庭の秘密。

まったく問題なんて存在しない風に振舞うのだ。
うちは、普通。
これが、普通。

他人の前でも、普通にしなければ。

どこもおかしなところはない。

知られてはいけない。
家族の絆を歪に強める、この秘密のことは。



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胃が痛い。
ここ数日、ストレスフル。

順調な時って続かないな・・・。

ひとつ問題が片付くと、新たな問題が降りかかる。

なんかもうだめだー。
寝よう。

父方の祖父母はどちらも毒親だ。

祖父(故人)は仕事もせず家で飲んだくれ、妻子に手を上げる家庭内暴君。外ではおとなしい人だったらしいが・・・。

祖母(健在)はヒステリックで口うるさい独善家。自己愛が強い。常に自分が正しいと信じて疑わず、まったく自分を省みない。今は息子や娘、孫達から相手にされていない。


うちの毒父は愛情薄いこの両親から、肉体的精神的経済的に虐待されて育った。


祖父が働かないので一家は生活に困窮していた。祖母と4人の子供達は食うや食わずの惨めな暮らしを送っていた。

一日中働き通しの祖母は子供達にかまう暇もなく、ネグレクト気味だった。

酒浸りの祖父が夫婦ゲンカで祖母に暴力を振るった。止めに入る子供達にも。

祖母は聞き分けの良い長女を「便利な搾取ターゲット」として、活発な長男を「暴力の盾」として、甘えん坊の次男(毒父)を「煩わしいお荷物」として、末っ子の次女を「お気に入りの人形」として扱った。

長じるにつれ、それぞれ人格に影響が出た。
毒父については言うまでもなく、両親の毒をそのまま受け継いでいる。
兄弟仲は非常に悪い。今は交流もない。

毒父は甘えん坊で我儘で腕白なタイプの子供だったため、祖母からは一番可愛がられなかったらしい。その事をいつまでも恨みに思っている。
祖母が愛情(のようなもの)を見せるのは、利用できる子供や扱いやすい子供だけ。

「言う事をきかないと、お前は他所へやる!」という言葉に本気で怯えたという毒父。
実際に、毒父だけがおじの元へ預けられていた時期もあるそうだ。




子供の頃に辛い思いをしたはずの毒父が、なぜ憎んだ親の生き方をなぞっているのか?

毒父「お前らは恵まれてるよ。いい時代に生まれたよなぁ。今はちょっと小突いただけでやれ「体罰」だの「虐待」だの言う奴おるけど、昔は子供を生かすも殺すも親の機嫌次第だった。衣食住が足りているだけでもありがたいと思えよ!」

無理。



今日は予定もなく、お金もなく(笑)本当に久々に暇な休日でした。

誰にも邪魔されず、自分だけの自由な時間があるっていいわー。

家の掃除もしないとヤバイけど・・・。
ゆっくり記事書いてたら夕方に。
もう、いいや(笑)

しかし暇になると嫌でも自分に向き合ってしまうのも考えもの。

過去のこと、今のこと。

どうせ考えてしまうなら書き出してみるか、と始めたこのブログ。

書く作業は楽しいです。
内容は黒いですが(笑)




私は毒父がもちろん大嫌いだが、毒母のことも憎んでいる。

ただ、それに気付いたのは大人になってから。

私と毒母は、言わば一卵性母子。
強い依存関係だ。

傍目にはほのぼのとした仲良し親子に見えるかもしれない。
一緒に食事や買い物にも行くし、しょっちゅう電話もする。言葉ではいつも気遣い合っているし、何かあれば飛んでいく。

実際、お互いといる時に緊張感はなく、笑いも絶えない。

でも、それはフラットな精神状態の時の表面的なもの。

子供の頃からだが、母親の焦りや緊張、恐怖や嫌悪といったマイナス感情が、とにかく私に伝染しやすい。
脳が繋がっているかのごとく。

私の不安は母親が安定するまで続く。
離れて暮らす今も。

親離れ子離れができていない、放っておけばいいと思われるかもしれないが。
放っておけるなら依存関係とは言わない。


毒母は典型的なDV被害者だが、暴力を誘発するタイプでもある。

DV加害者から見て「見てるだけで殴らずにはいられなくなる」ようなタイプ。

すなわち、弱い。
弱いけれど、舌鋒鋭く、相手に逃げ場を与えない物言いをする。
傷つきやすくヒステリック。
自己正当化が激しい、悲劇のヒロイン。


「守るべき存在」としての母親。
本来守られるべきは幼い私のはずだが、物心つく頃にはそれが当然のことになっていた。

毒親のケンカ(私達姉妹は茶番と呼ぶ)のたびに、私はこの母親の慰め役というかカウンセラーにならなければならなかった。

夫婦の事情、それもエグい大人の話も聞かされた。
それも毒母に都合の悪い部分は省いて。
あくまでも、悪いのは毒父。

娘への刷り込みは成功した。



しかし成長するにつれ、弱い母親にも非があることを見抜き始める。
私は従順な母親のペットから、自我を持った人間になろうと、反抗した。

母親批判。

すると毒母は大袈裟に泣き、自分の不甲斐なさを嘆き、私への罪の意識を語る。

「ごめんね。ごめんね。お姉ちゃんしか、頼れる人がいなかったから。私がダメだから、苦労させて・・・。小さい時からずっと、重かったよね。嫌だったよね・・・」

トドメは、

「お姉ちゃんにそう言われると、死にたくなる・・・」

こう言われてしまうとなかなかそれ以上糾弾できるものではない。


毒母はその後もずっとこの調子を続けている。情に訴えて利用、搾取。

私は毒母を決定的に突き放すことができずにいる。

「可哀想」は正義?


地元の底辺高校へ進学。
学年ごとに人数がごっそり減ってゆく高校(笑)最終的に卒業したのは70%位かも。

底辺校の授業は楽だった。
暇潰しによく小説を読んでいた。

勉強しなくてもテストはどうにでもなるし、提出物さえクリアすれば進級できる。

この頃の私は、存在感がないのに浮いている、やや変わり者だった。

どのグループにも属さず、相変わらず出席したりしなかったり。

とりあえず登校しても、途中で抜けて映画館に行き一日過ごす。
映画は観まくった。

毒父が愛人のところに入り浸っていたので、顔を合わせる回数が減ったのは好都合だった。

それでも会えば生活態度から成績から何もかもに対しての罵倒を浴びることはあった。

お前にだけは言われたくないよ、とは言わなかったが・・・。

学生らしく勉強遊び交際に勤しめ、真面目に将来考えろ、活発な友達を見習え、あの子は部活もしてバイトもして偉い、あの子は・・・云々。

さんざん抑圧してきて私にどうなってほしいと?

自分は妻と愛人に暴言を吐き暴力を振るい、何回も中絶させておいて両方を飼い殺してる人格破綻者のくせに。
稼いできて「食わせてやってる」のがそんなに偉い?父親の面目躍如?



こんな親でも、「育ててもらったことには感謝」しなきゃいけないのだろうか。
よく言われる台詞だけど。もっと悲惨な境遇の子もいるんだから、とか。
毒親持ちの人にもこう言う人がたまにいるけど不思議。
産んだら育てるのは当たり前ですから・・・。