参議院選の投票があさってに控えているわけであるが,状況が錯綜していてよくわからない.そういうときは一番基本と思われるところを探って判断すべきと思われる.

多くの人は自分のお金のこととなると,たとえ数百円のレベルでも逆上するようなところがある.カンボジアの地雷原で子供が足を吹っ飛ばされるよりも,自分の年金が月に500円下がることの方が大きな問題に感じられる.その感情はよいとしても長期的な視点というのはつねに持ち合わせていたいものだ.

私自身は基本的にはいわゆる「陰謀」というものが決定的であるとは信じていない.陰謀は少数で企てるものであり,長期的にみて少数は多数に敗れる.また陰謀で得られるものがたとえば巨万の富として,そのような理由で総理大臣になるとか言うのはあまり割に合わない.いったん公人として顔が割れたらあんまりあちこちで豪遊なんかできないし,だいたい豪遊なんて半年で飽きる.

楽器は弾く方が楽しいし,サッカーはやる方が楽しいし,映画は作る方が楽しい.いくらお金をかけたところで,消費で得られる快楽には限界があるし,その限界は意外と低い.たとえばお金が欲しいという理由だけでは,総理大臣という職はあまりにエキサイティングすぎると思う.まあ,そういう理由でやってしまえるような強者もいるかもしれないが,私には理解できない.

そういう前提を勝手に設定するとして,安部総理は何がやりたいのだろうか.総理大臣などというかなりめんどくさい職をやり,毎日テレビカメラにサラされ,好き勝手文句言われ,脅されたり,他人の失態の尻ぬぐいをさせられたりする.そこまでしてやりたいことはなにか.

巨大すぎる虚栄心か.それともなにか野心があるのか.

安部総理が一貫していっていることは「美しい国」であり「戦後レジームの脱却」であり「憲法改正」である.

「美しい国」とは形而上学的なものだ.美学上のものではない.村上龍があるときフランス人に聞いた,「なぜフランスではこんなにも全てのものが美しいのか?」.フランス人は答えた.

「我々は,美しいものが好きだからだ」

という文脈での美しさではない.そういうセンスは安部総理には感じられない.彼が求めているのは「戦前にあった」儒教的な価値観の美しさである.というか彼の美学はそういうものを美しいと定義している.

日本にとって「戦後レジーム」とはなにか.それがなければ「戦後」というものが成り立たない用件とは何か.それは日米安全保障条約である.ほかのものはいくらでも交換可能であるが,日米安保条約だけは交換不可能である.この用件があったからこそ,日本は軍事以外のことに全ての注力を傾けることが出来た.

日本にとって憲法改正とは何か.それは「第9条第2項」の改正に他ならない.それ以外は論点にさえならない.

さてバーンスタイン流に言うならば,表層構造に隠された隠喩を明らかにすることにより,安部総理大臣の調性が明らかになった.

 彼が目指すものはアメリカからの軍事的独立である.

これは彼のおじいさんである岸総理大臣の目標でもあった.また彼のお父さんも総理大臣の目前で死んだ.その意味で彼は私怨に生きてるともいえる.このへんは儒教的精神の彼なりのうがった解釈だろう.

彼の目標は明らかだ.問題はそれが野心から来ているものか,あるいは巨大な虚栄心を満たす手段として適当に探し当てられたものなのだろうか.それは残念ながら後になってみないとわからないし,後になってもわからないかもしれない.具体的に我々の問題として考えるべきは,はたしてアメリカからの軍事的独立が可能か,可能だとしてそれは割に合うことなのか,ということである.

われわれは日本の安全保障はアメリカの安全保障そのものである,と考えている節がある.つまり日本が攻撃を受けた場合は「自動的に」その国をアメリカ軍が攻撃してくれるという期待がある.それが日米安保であると.誰もが信じている.北朝鮮が攻撃してこないのは在韓・在日米軍の報復があるからだと信じている.果たしてそれは本当だろうか.

逆の立場から考えてみよう.たとえばキューバがアメリカに宣戦布告しフロリダに上陸作戦を仕掛けたとする.我々はそれを命がけで助けに行くだろうか.中国がアラスカに核弾道ミサイルを打ち込んだ.直ちに中国へ上陸作戦を仕掛けるのか.アメリカ国民の命が危険にさらされているとき,あるいは犠牲者が出たときに,報復のために我々が命をかけられるかどうか.

我々が安保条約のもとに期待し,アメリカに求めているものはつまるところそれである.

グレーなところは述べまい.しかしはっきりしていることは,アメリカが自国の安全保障を他国の安全保障の下におくことは決してないということだ.それは当たり前である.国家の基本である.例えば現時点で北朝鮮が新潟の上陸作戦と東京湾のテロを同時に決行したとする.かなり厳しい戦いを強いられるだろう.そのとき在日米軍は絶対に動くだろうか.イラクからイランに攻めようとしているときに2正面作戦を敢行するだろうか.足下の経済や中ロとの関係は悪化しているというのに.

このへんは極めてグレーでハイレベルな問題だ.

どういう理由によってか,悪意があってか無邪気な良心に基づいているのか,あるいは深い思索に裏付けられた信念があるのか不明であるが,表層構造として安部はアメリカの安全保障に期待していないように思われる.そして自国を自前の軍隊で守ろうと考えている.もちろん戦術核武装もオプションに入っているだろう.そういうことを考えるのはかまわない.思考停止になるよりはマシだ.

ヨーロッパは地政学的に恵まれている.彼らは民主国家群のど真ん中にいてとりあえず話の通じる相手に囲まれている.日本の場合,海を対峙してすぐ向こう側に非民主国家の大国が存在する.このプレッシャーは非常にきついものだ.非民主国家と対峙するときは,首脳同士の曲芸に依存せざるを得ない.リスクの高い交渉なのだ.ロシアも古い言葉だと「警察国家」となりつつあり,不安はぬぐえない.

かといって,日本が軍拡をするということはすなわち世界再編が起こると言うことである.安部はパンドラの箱を,自覚を持ってあけようと思っている.彼はそこに「希望」があると信じ切っているし,悪魔がいるとしても充分御せるとの自信を持っている.

私は彼には無理だと思う.彼は軽すぎる.そして周りにいる人間も軽すぎる.

技巧のない良心は悪徳である.