先ほど福田進一のネタで一件書いたわけであるが、なぜかその後、当サイトの広告3つのうち二つが「発毛○ーブ21」と「かつら」になっていた。だいたいこういうところには記事やタイトルに関連した広告がかわりばんこに表示されるわけであるから、ギターブログにカツラとはどういうことであろうかと数秒考えるとひらめいた。

キーワードは「白髪」であった。「禿&白髪」については、とくに禿については、非常にデリケートな話題になっていくので深いコメントは差し控えたいのだが、いぜん村上春樹のエッセイを読んでいて非常におもしろかったことがある。



著者: 村上 春樹, 安西 水丸
タイトル: 日出(いず)る国の工場
日本にあるいろいろな工場を春樹さんが直接アポイントをとって取材してくるというモノ。京都の理科実験用精密マネキンの工場やらコムデギャルソンやら牧場やら、まあなんというか村上春樹的チョイスでテーマが選ばれているわけであるが、その中の一つが「かつら工場」であった。かつらは要するにほとんどが手作りなわけで、非常に手間がかかる。まあそういった内容もあっておもしろかったが何より開眼させられたのは「かつらビジネス」の概念である。

営業の人が語る。
「かつらは口コミでひろまることが絶対にない」

なるほど。。。!

「部長、最近私も髪の毛が薄くなってきたんですが、部長のつかっているカツラってどこのものですか?私も試してみたいんですけど」

というコメントは、あえて戦場をもとめる気概か、自殺精神がない限り日常生活ではあり得ない。情報のユーザー間伝達というのが基本的にはあり得ないのである。ただ最近ではオンラインコミュニティが発達しているので、匿名のまま使用感報告というのも可能である。しかしこれは広告の「ユーザー体験」コーナーに近いものがある。熱心にやっているコミュニティもあるでしょうけど。

用は客のほとんどが一本釣りでゲットされているという業界なのである。したがって広告が命。

そしてカツラというのは作ればそれで終わりというわけではない。メンテナンスも必要だし、買い換えも必要だ。いちどカツラを着けてしまうと、ナチュラルにはげていくという過程をその後たどることができなくなるために、いつまでもカツラを着けざるを得ない(いきなりばっさりという人もいないわけではないが)。

たとえば床屋一つとっても町中の床屋へは行けないのである。店に入るなりポロッとかつらをはずして、「ちょっとカツラのじゃまにならないように、地毛を整えてくれよ」というような会話は、よほどなれている床屋でない限りあり得ない。

だからアデランスもアートネーチャーも自社でカツラ着用人御用達の床屋を全国に持っているとのことである。

そうだよなあ。いけないよなあ。

ということでヘアに関する今後のコストをすべてカツラ業者に依頼するということになる。つまりカツラユーザーは完全にカツラ業者に貢ぎ続けなければならない。これこそまさに一生の顧客。それがこの業界の営業形態であった。



いろいろ示唆に富む文章でした。