京都の人は心と言葉が裏腹であることは良く指摘されますよね。
その原因の一つには東京への遷都があると私は考えます。京都の経済は遷都により衰退の一途をたどります。特に祇園を中心とした飲食産業、「糸へん」と呼ばれた室町や西陣の呉服関連産業は、昭和以降その悪影響を強く受け、我慢我慢の日々を送ることになります。
飲食業や呉服産業は、夢を売る商売ですから、そんな苦しい表情は表に出すことはできません。これが、京都人の腹黒さと表現されたのではないでしょうか。
自民政府に対する反発も強くなり、共産党を中心とした革新政党の支援者も多いのも京都の特徴です。
そんな不況脱却の第一弾として投入された大土木工事である京都疎水工事。山科日ノ岡というところには日本で一番古いコンクリート橋(明治36年)があります。
目視では、骨材は川砂利(湖南または湖西地区で見られる石質)と川砂(京都市内で見ることができる石質)と推察されます。(下が橋の上面)
ここから2kmほど京都方面に行くと有名な南禅寺横のアーチ水道(下の写真)があります。このアーチの上を水が流れています。この建造物は煉瓦造です。
南禅寺の三門(下の写真)は、京都を代表する大規模木造建築です。



