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大陸中部の中堅国「ミルディア」の南の国境であり、その容貌は険峻にて知られるモロネという山の頂に、それはたいへん高名な魔女が住まっている。
魔女の名は"ルダ"。魔導の道を歩むものには「風の魔法のエキスパート」としてその名を知られているが、地域の人々には親しみと、それ以上の畏怖をこめて"風の魔術師"と呼ばれていた。
その、安易にも陳腐にも聴こえるその通称をして、彼女を嘲笑う材料にするような命知らずなど、酔いに走って口を滑らせる酒場の勇者以外には恐らく存在しないだろう。またそれを口にした者も、自分の放った言葉の意味するところを理解した瞬間、魔女の報復を恐れひたすらモロネの方角に向かい平伏した…という小咄すらある。
彼女を語るには専らその通称より他に言葉は要らず、それだけで彼女の全てを表しているといってもいいかもしれない。
「柔らかな風を操っては手の代わり、烈しい風を操っては足の代わりに万事をなす」との説明は、本人にすれば誇張でも何でもなく、単に日常を格調的な言葉で云っただけのことでしかないのだ。
例えば空気の流れを利用し物質を操作する「操空技術」にしても、彼女ほどに極めた術者が行えば、常人の目には、物質に見えない糸を付けて操作しているようにしか思えない。一本のペンだろうが、ダース単位の皿だろうが、あるいは巨大な岩石だろうが、彼女にかかればどんな物質であろうと宙を舞わせることが可能だという。
その様は、もはや洗練とか華麗とかの形容すら似つかなく、人が無意識に手足を動かしては移動や操作をすることと全く同じレベルで、ごく何でもなくやってのけるのだ。たかだか十年二十年そこらしか経験のない風術師が真似してみたところで、到底実現できる芸当ではない。
さらにルダは、魔術を極めたために常人の数倍の時を生きられる体を手にしており、悠久の昔より未だ褪せぬ若々しい美貌を保っているともいう。その言い伝えが世界の老若様々な女性の羨望をかきあつめること夥しく、自分も恩恵に預かりたい…と願う者となるとそれこそ数が知れない。
その種の憧憬者を含めて彼女を訪ねこの地方に遥々やってくる者は、年間の数にして千を下らないともいわれている。挙句、モロネの山麗には、そういった者達が自然と寄り集まった集落すらあるほどであった。
