ロシア軍の一方的な侵攻によって、ウクライナの人々が計り知れない苦しい時を送っておられる今この時も、何もできないでいる自分の無力さを、多くの人たちと同じように私も思い知っています。

ウクライナとロシアの人々を救うのは武器ではなく平和の道具のはず。しかし、それは一体何なのだろうかとずっと考えていました。

そんな中、浅はか?…とは思いつつ「平和の道具」でネット検索してみると、カトリック新潟教区のホームページ ↓

神よ、わたしたちをあなたの平和の道具としてください | カトリック新潟教区 (catholic-niigata.net)

に、現地ウクライナの人々と共にいるシスターテティアナの言葉が紹介されていました。

「わたしたちは戦いを続けます。武器による戦いだけでなく、霊的な戦い。祈り続けます。皆さんとともに、祈りによって戦い続けます。……」(同ホームページより転載)

・・・そうでした。「平和の道具」とは私たち自身でした!

何ができなくても、今すぐに私たち一人ひとりにできること、それが祈ることです。祈りの力を私は信じています。ウクライナに、そしてロシアに真の平和が与えられますように、神様の愛と癒し、慰めと平安とが人々の心に届きますように、平和のために私たち国際社会が正しく行動できますように、と私も祈り続けます。