余命3ヶ月と言われた母を助ける、仲良し家族 -8ページ目

余命3ヶ月と言われた母を助ける、仲良し家族

ある日突然、愛しの母が末期がんだという宣告をうけた。22歳の冬。
膵臓がんステージⅣb
肝臓に転移し、腹膜播種あり。

祖母は肝臓癌を患っていて、今まで抗がん剤治療や手術を数多くしていたが、今年の7月頃に祖母は「もう抗がん剤は辛いからやめる。」と言った。
抗がん剤の副作用で体がボロボロになる祖母を見てきたので、祖母のことが大好きな私たちは辛いながらも誰もとめなかった。

母方の祖母には言葉に表せないほど本当に本当にお世話になっている。家は別だから、家から10分ほどで近いこともあり、
毎週木曜日はおばあちゃんの美味しいご飯を食べさせてもらったり、一緒に外食したり坊主めくりしたり、お小遣いまでもらったり、いたせりつくせりだった。
自分より人のため、いつも笑顔で
「気をつけて帰りゃあね。
ありがとうね。
おばあちゃんもまだまだ長生きしなきゃね。」そんな言葉が忘れられない。

「結婚式行けないかもしれないから、その時はビデオ見せてね。」
こんな話をしながらおばあちゃんと二人で涙した。

全然恩返しできてない。私の花嫁姿も見てほしい。外食も一緒にまだまだいっぱい行きたい。


私の中で世界一のおばあちゃん。

日に日に弱っていくのが辛かった。
~10月頃~
祖母はよく転んだり骨を折ったりするようになり、体がボロボロになってきたため在宅介護になった。
私の母は、祖母の介護のため
「ごめんね、おばあちゃんちにしばらく泊まりに行くね。」
と介護生活が始まった。
母も色々な面でお世話になっていたし、私たち家族は、
「おばあちゃんの介護がんばってね!私たちは家事をがんばるから、家のことは気にしないでね」
と精神的にも辛い母を何とか支えようと
大学、バイト、仕事に行きながら

私、妹、父で支えあうことになった。