もうすぐ22周年を迎える。


7年前の投稿が出て来て思うこと。


あたしはこの1年、特に8ヶ月ですっかり次元が変わって、それに伴って周りの環境や諸々、色々変わった。


でも、今もまた同じことを思っていた。思い方は少し違うのかもしれないけど。


世の中の多くは利害関係、損得で成り立っているようだ。あたしは最初からそういう人間ではない。愛から始まる人間なのだ。愛から始まる本当の優しさで、その愛は循環されるものだと信じている人間なのだ。その愛が循環されなかった時、驚き、ガッカリし、悲しくなる。そこは多くの人に、多くの損得ありきで無意識に生きている人たちに誤解される部分なのだ。


今のあたしは、これまでと違って、自分を大切にすることにしたし、自己犠牲をやめたし、優しさをgiveする場所と人を選ぶことにしたけど、


当時は自分の分までの、時間とお金とエネルギーをスタッフやお客さん同士の人脈の形成にgiveして来た。それは相手に良くなって欲しいからという純粋なものだったけど、そこに対して、この店があったから今の自分、今の人間関係があるから良かったと、少しばかりの感謝くらいはあって良いものだとは思う。それが循環じゃないの?


2年3年働いてくれて、お店や私のことを良い風に言ってた人たちが今こぞってLINEをブロックし、インスタを削除している様子。全く何を信用して良いのか分からない最近の若者たちにはガッカリさせられる。そういう若者たちは、友達関係のような親だけを崇拝していることも多い。どうかしちゃってるな世の中。


お客さんも、人と人とを繋げて来たからこその結婚、出産もたくさんあって。出会った時のシチュエーションに想いを馳せることはないのか?スタッフ同士も、生涯の友のような関係になっている人たちも多いとしたら、その環境を意図してつくってた場所へ、時々立ち返ることはないのか?と思う。


店なんてそんなもの、という浅い人たちの言葉は要らない。飲食店ではなく、人たちが繋がって人生豊かになる場を意図してつくってきたあたしとしては、


当時からずっと思い描いていた「自分の人生にこの店があって良かった」と心から思ってもらえて節目節目に顔を見せて伝えてくれる人が増えていく、という現実が来ていないことが悲しい。


義理人情、循環、

それよりも、

損得、利害関係、めんどくさい、タイパ、本気の人はうざい、空気読めますから、搾取。


そういう時代か。大人も子供も。