遠くにサクラが見えるから、ショウの気持ちは浮き立っていた。
あのサクラの樹をもうすぐ間近で見られる。
緩やかな斜面をショウが先に立って下っていく。
遠目に見えるサクラを視界に入れつつ。
ちょっと離れた後ろからサトシが時々入れる指示に従いつつ。
早くあそこへ行きたいと気が逸っていた。
「そこら辺からは岩場になる。
濡れているところは滑りやすいから慎重に」
斜面がちょっとだけ急になった。
そのまま歩いても降りられそうではあるが。
所々、不安に感じる箇所もありそうだ。
ショウは足元を見つつ、ゆっくりと降りていった。
バサバサッと頭上から音がした。
ショウが気になって顔を上げると、大きな鳥が飛んでいた。
その鳥が羽ばたく音だった。
バサバサと何回か羽ばたくと、次には羽根を広げたまま空を滑っていく。
その姿をショウは美しいと思った。
力強さと優雅さを感じた。
ショウがその姿を眺めていると。
スイーっと滑り降り、ショウの近くまでやってきた。
ショウが思わず、避けようと身を捩った拍子だった。
ショウの足が滑った。
ズリっと足がが滑った先には岩はなかった。
そのまま倒れるように背中側を岩に打ち付けた。
バッグ越しなのに息が止まるような衝撃を受ける。
声も上げられないまま、ショウの体はズルズルと落ちていく。
岩場がこんなに滑るものだったとは。
朝もやで湿った岩がまだ乾いてなかったからなのか。
ゴツゴツした岩肌の上を滑り落ちていく衝撃を感じていた。
大きな怪我はしないだろうけれど、無傷ではいられないだろう。
なんとか滑り落ちるのを止めようと、ショウは藻掻いた。
ショウの手も足も岩場に引っかかってはくれなかった。
急にグイっと体が引っ張られるようにして、落ちるのが止まった。
装具を付けている部分が特に引っ張られている。
サトシと繋がっているロープで引っ張られているんだ、と。
ショウは気付いて、ロープの先を見やった。
サトシがロープを手にしてショウを支えていた。
「落ち着いて。
慌てるのが一番よくない。
これ以上落ちることがないように引っ張ってるから。
ゆっくり体の向きを変えて。
岩の方を向いて、足が引っかかりそうなとこ、探して」
そこから岩場が終わる所まで。
ショウは這いつくばるようにして降りた。
サトシが降りてくるのを見ると、ひょいひょいと足の運びが軽く。
ショウが降りた何倍もの速さだった。
「怪我は?どこか体動かして痛むとこはない?」
ショウは体を動かしてみた。
所々動かした時だけ軽く痛むところはあるが。
動けなくなるような強い痛みはなかった。