お風呂の後だから、仕事の時につけてる香水なんかの匂いもしない。
宿のボディソープとシャンプーの匂いがちょっとだけするけど。
割りと匂いが控えめなヤツだったのか。
素の翔くんの匂いだけしてる。
今はまだ、さわやかな匂い。
これがシテるときには、もっと男っぽい匂いに変わる。
今みたいな、あっさりしたキスの時には出ない匂いだけど。
なんかスイッチが入った時だけなのかな?
今はスイッチ入れないで欲しいな。
その翔くんの匂いを知るのは、僕だけ、がいい。
「さ、宴会行こうか?」
翔くんが僕の後頭部をポンポンと軽く叩いた。
キスの後、僕が翔くんに抱きついてしまっていたから。
「あ・・・うん。
おかみさんのね・・・作ってくれる料理、すっごい美味しいんだよ。
釣りの後、食べさせてもらうこともあるんだけど。
美味しすぎて、つい、食べ過ぎるんだよ。
うちで最近作るようになった料理ってね。
おかみさんに教わったのも多いんだよ。
手早く、でも、美味しい料理を作る名人なんだよね」
甘えるようにしがみついてたことが、なんか恥ずかしくって。
翔くんの匂いを楽しんでたなんて・・・さ。
恥ずかしさで顔も見られなくって。
そんなこんなを誤魔化すように早口にどうでもいいことを話す。
「智くんの料理の師匠なんだね」
「うん、そう。
勝手に弟子入りしたと思ってる」
何事もなかったように、振る舞ってくれるのが、嬉しい。
僕の恥ずかしさも分かってくれてると思うけど。
そういうのをツッコまれたくないな、って思ってる時は。
それが分かってるかのように、スルーしてくれる。
「楽しみだね、いい酒もあるって言ってたし」
「うん。船長ね、お酒好きだから。
いつも美味しい日本酒準備してくれるんだよ。
僕とお酒の好みが似てるのかも。
用意してくれるの、僕の口に合うのばっかりなんだ。
翔くんにも、きっと合うよ」
「そうだね。
智くんと好み同じだから。
おかみさんの料理も楽しみだよ」
「じゃ、そろそろ行こっか?
おかみさんがまだ来ない、って焦れてるかも」
「そりゃ大変だ」
翔くんは大げさに目を丸くした。