残りの道のりは緩やかな上り坂だけだった。

突然視界が開けた。

霧はだいぶ薄くなって、日の光が薄く届いていた。

 

開けた先には、一本の大きな樹。

大きく枝を張り伸ばしたサクラだった。

昨日のサクラとは花の色が違う。

濃い色をしていた。

 

 

「よかった。

今年も花を付けてた」

 

サトシがゆっくりとサクラに近づく。

サトシはサクラの幹をポンポンと軽く叩いた。

その後で樹の周りを回りながら、幹を撫でていく。

それはショウにはサクラを労っているように見えた。

さっき、ショウの背中をポンポンと叩いたのも、労っていたのか?

ショウは出発の合図だとばかり思っていた。

 

 

「今年も綺麗だよ。

見事な花だね。

頑張ったんだね。

今年はね・・・もう一人、花を見てくれる人を連れてきたよ」

 

サトシはサクラに話しかけていた。

ショウを見たので、ショウもサクラに近づいてみる。

 

 

「ここのは山桜で・・・・しかも八重なんだ。

花びらが幾重にも重なってる花だから。

余計に色が濃く見えるよね。

山桜はソメイヨシノと違って、花と葉が一緒に見られる。

緑に映える花の色なのかもね」

 

 

サトシはリュックの中からいくつか道具を出した。

何をする道具なのかも、ショウには分からなかった。

樹医として、サトシが仕事をしている間。

ショウはサトシの仕事ぶりの記録を取りつつ。

サクラの樹の記録もしていく。

 

突然、サトシが腕を広げ、サクラの幹に腕を回した。

何をしているのだろう?と、ショウは近づいた。

 

 

「今年、こんな綺麗に花を咲かせたのは・・・

最後の力を振り絞ったのかもしれない。

もう、この樹は生きてない。

命の音が聴こえてこない。

よかった・・・・ショウくんが来てくれて。

最期の花を見てくれるのが・・・一人じゃなくて」

 

霧が晴れて、サクラの樹に日が当たる。

葉に付いた、水滴がその光を反射して、キラキラと輝く。

 

時間が経つごとに輝きが消えていく。

水滴が小さくなっていくのだろう。

 

 

「ありがとう・・・ありがとう、ショウくん」

 

サトシはサクラから腕を離し、同じようにショウに腕を回した。