ショウは倒した椅子から起き上がって、サクラを検索する。
サクラとそれにまつわる文化を中心に研究してみようかと考えた。
まず、植物としてのサクラを調べる。
分布を見ると、ショウの住む地域も分布地域内に入っていた。
もしかして、直接見られる場所が近くにあるかもしれない。
ショウの家から10分程度の地域にサクラが群生している地区があった。
川と呼ばれる大量の水の流れている両脇にあるらしい。
生まれてからほとんど家の外に出たことはなく、その習慣もない。
ビークルという球体の移動用の乗り物をショウは所有していた。
家の出口を出たそこにビークルが置いてある。
久しぶりに動かした外への扉は少し軋んだ。
手を触れるとビークルの一部が開口した。
ショウは中に入った。
ビークルに乗って、どこかへ移動するのは初めてだった。
仕事と研究の報酬を使い切れず、手に入れたはいいが。
どこかへ移動する機会も欲求もなかった。
さきほど検索で出た、サクラの分布地区を告げた。
音も衝撃もなく、ほんの少しの加速度ですら感じなかった。
内蔵された端末でサクラを引き続き調べる。
集団がサクラの木の元で飲み食いする行為を“花見“と呼称するらしい。
一人で見ても、花見と言うのだろうか?
語句を構成する漢字の意味から考えると・・・
集団で、という意味合いは全く含まれない。
そんなことをとりとめもなく考えているうちに加速度を感じた。
目的地に到着した、とアナウンスがあり入口が開いた。
ショウがビークルから出てみると・・・
川の上をまたぐように渡した構造物があった。
あぁ、これは橋と呼ばれるものか?
以前、学んだ都市の構造物の講義を思い出してみる。
橋の上を歩いてみたら、川の上にいることが怖くなる。
橋が壊れたら?もし、何かあってここから落下したら?
あの流れている水は温かいのだろうか?
湯気が出ている様子はない。
水温が20度以下だとしたら・・・・
入るなんてとんでもない。
外気温は17度とビークルの計器に表示されていた。
水温も同じ程度だとしたら、触れるには冷たすぎる。
室温23度の部屋で過ごすショウには外は快適な環境ではなかった。
橋の上から川を眺めてみる。
川の両側の高い位置にサクラが列に並んでいた。
白なのか?薄いピンクなのか?
水面に浮かぶ欠片は白に見える気がするのに。
木に付いたままの花は薄いピンクに見える。
目の錯覚なのか、重なったために色が濃く見えているのか。
初めてみたサクラにショウは呆然とした。
思ったよりも大きく。
思ったよりも勢いがあり。
思ったより美しく。
サクラが魅力的だったからなのか?
ショウの髪を揺らす風も、肌を射す紫外線も。
空気中を舞う埃ですら、魅力的なものに感じた。
ショウはそんな自分の心持ちを不思議に思った。
そして・・・一番不思議だったのは。
思っていたより「外」が心地よかったことだった。