マンションに車が着くちょっと手前で雨が降りだした。
車が今日最後の仕事場を出た時から、空は厚い雲に覆われていて。
いつ降りだしてもおかしくない空模様ではあった。
地下駐車場へのスロープには雨水がちょっとした流れを作っていた。
こんな早い時間に仕事が終わるなんて、滅多にない。
しかも、嵐の節目の一つとなる、こんな日に。
玄関には智くんのサンダルが端の方に揃えられて置いてあった。
なのに、リビングには姿が見えない。
寝室にも、トイレにも気配はない。
風でヒラリと浮いたカーテンの隙間から背中が見えた。
ベランダの柵に体を預けて、激しい雨が降る空へ視線を向けていた。
「智くん、こんなところにいたんだ。
そこ、濡れちゃうでしょ?早く入りなよ」
ここ数日でぐっと涼しさを感じるようになった。
もう、夏は終わった、と、ようやく納得できるほどになった。
声を掛けても、背中はこちらに向けたまま。
組んだ腕を柵に載せ、体を小さくしてその腕に顎をのせた。
「今日さ・・・会う人、会う人。
みんな・・・嵐結成20年おめでとう、って言うんだ。
ありがたいよね。
嵐・・僕たちみんなとお仕事したことがほとんどない人でも・・
それを知っててくれて。
僕に伝えようとしてくれる・・なんてさ」
智くんの声からは、嬉しいという感情があまり感じられない。
嬉しい、じゃなく。
ただ、事実を話しているだけ。
報告、となんら変わりない温度の話し方。
こんな時の智くんへの対応は難しい。
対応を間違うと、自分の気持ちを話してくれなくなる。
「ありがたいことだね」
智くんの言葉をなぞるように返した。
智くんが部屋に戻ってこないから。
俺が智くんの側にいくことにした。
智くんと同じように柵に組んだ腕をのせる。
肘同士が当たるように近づいた。
智くんがちょっと下を向いて、ちらっと横目で俺を窺う。
同じように組んだ腕に顎をのせると、案外安定する。
ザーッという雨の音がする。
高層階だから、雨が地面に叩きつけられる音はさほどしないはずなのに。
この音は地面に雨が落ちた音じゃないってことなんだな。
雨粒同士がぶつかる音なのかもな。
雨の音だけが響く。