智くんはまだ麻酔から覚めていなかった。
間に合って良かった。
そろそろ麻酔から覚めるだろう、という頃。
担当していた麻酔科医が俺の顔を見て、頷く。
肩を軽く叩き、名前を呼んだ。
睫毛が微かに揺れる。
薄く目を開いては閉じ、また開けては閉じ。
瞬きを何回か繰り返した後にしっかりと目を開けた。
「しょう・・ちゃん?」
力のない掠れた声だった。
智くんが消えてしまいそうで・・・思わず手を握った。
血中酸素濃度を測るためのプローブが指先から外れる。
「智くん、手術は終わったよ。
これから、ICUに入る。
俺も付いていくから」
智くんは握った手を解いて、掛け物から手を出した。
俺の頬に指を触れた。
酸素マスクが邪魔だった。
顎の方にずらして、口唇を合わせた。
智くんは満足そうに微笑んで、目を閉じた。
ストレッチャーの横に付いて歩いた。
ICUの狭いベッドに移すと、俺の姿を確認するように一瞬目を開けた。
俺と目が合うと、安心したように、また目を閉じる。
「ずっと付いてるから」
ベッドに置かれた智くんの手を撫でていると、表情が穏やかになっていく。
手術の緊張が解れていくようで・・・安心する。
身体的には、これからも山場が続く。
手術の侵襲はかなり大きい。
移植された肝臓と膵臓の定着がうまくいくか?
医師としては心配な時間が続く。
それは智くんが心配する必要のないこと。
医者だけが心配していればいいことだ。
指先にプローブをはめ直した。
酸素濃度は98%
呼吸は安定しているようだ。
智くんが呼吸するのに合わせて、マスクの中が白く曇る。
二宮医師の診察を受けた後。
智くんは俺の手を握りながら眠りに入った。