智くんは冷蔵庫の中から、ビールを出した。
俺には、ミネラルウォーター。

俺にボトルを手渡すと、プシュっとプルタブを開けた。
勢い良くゴクゴクっと喉を鳴らしながら、飲んだ。


「翔くんがね・・あの契約書にサインしてくれたの・・
すごい嬉しかった。
僕の気持ちが通じたのかな、って。

通じ合ったんだなって。


翔くんの家を出て・・自分の家にどう帰ったのかも、記憶がない。
家で独りになって・・僕は泣いたよ。

いつまで経っても、やっぱり片思いだった、って。
気持ちが通じたのは、あのホンの一瞬だけ。
それも・・幻だったのか、って。

結婚だってさ・・永遠の愛を誓い合うのに、離婚する人も多いもんね。
誓った次の瞬間から、不確かになるんだね」


智くんは缶にまた口をつけると、一気に飲み干した。


「でもね・・・
僕には翔くんしかいない。
僕の翔くんへの想いは変わってない。

諦めが悪いのかな?
だから・・足掻くよ。
のんちゃんのハッシュドビーフを翔くんが好き、っていうなら。
僕も同じの作れるようになればいい。
僕の方が、ぜったいにのんちゃんより美味しいのが作れる。
翔くんに食べてもらいたいって、思いながら作るんだもん。

そう思ってたのに・・・


何回作っても、のんちゃんが作ったものの方が美味しい。
悔しいよね・・翔くんへの想いすら・・
負けてるのかも、って思うと。

もう・・・翔くんちには・・行けない」


智くんは空いた缶を握りつぶした。
俯いたまま、ズルズルとその場に座り込んだ。

立てた膝に顔を埋める。



「のんちゃんのハッシュドビーフ・・美味しかったでしょ?
食べたら・・帰って。
もう・・ここには、こないでよ」