「翔くんは・・なんでうちに来たの?
しばらくほっといて、ってメッセージ、読んでくれてたよね?」

話を誤魔化すように、智くんが質問を逸らした。

「誤魔化さないで」

俺があまりにも真剣だったからか・・・
智くんは鍋を置いて、手を洗った。
掛けてあるタオルで手を拭いて、シンクに寄りかかった。


「あの日・・・夜会を見た。
のんちゃんが出るから見て欲しいって言ってたから。
そしたらさ・・翔くんが・・のんちゃんと結婚したいって・・言ってて。

前日にさ・・サインしてもらった契約書。
あれは・・僕にとっては結婚と同じくらいの意味があったから・・

一気に虚しくなっちゃった。
翔くんは、料理が作れる人なら誰でもいいんだ、って。

ずるい・・よね。ずるいよ。
僕には・・翔くんだけなのに。

あんな・・紙切れ作って、サインしても。
なんの意味もない。
翔くんの気が変わったら・・・・なんも意味もない。

空っぽになった。
自分のやってることが・・・
なんの重みもないことなんだ、って・・・
虚しい気持ちが・・空っぽになった心の中にズンって、来てね。

前の日と同じような日がずっと続くと思ってたのに・・
あの一言でぶち切られた。

泣くのは・・一生懸命我慢したんだよ。
だって・・・しょうがないことだもんね。

今日と同じ明日があるとは限らない。
翔くんの気持ちがずっと同じとは限らない。

怒りはね・・なかったよ。

結局・・あの契約書は僕のひとりよがりだった、ってだけ。
だから・・破り捨てた。
翔くんをあんなもので縛り付けることなんて、できないもん」


智くんは、哀しく微笑みながら、話しつづけた。