いつかその日まで
みなさん、こんばんは
久しぶりにこのブログを書きます。
今日は、いつもの記事とは別に、仕事の合間によく立ち寄った神保町界隈の随想録を綴ってみたいと思います。
仕事中、ちょっと“油を売りたい”(息抜きしたい)時に、私はこの古本屋街で有名な神保町によく立ち寄ります。
この地は、古本屋街でも有名ですが、テレビなどでもよく散歩コースも放映されますし、明治時代の文豪、夏目漱石や正岡子規、森鴎外などのゆかりの地としても有名です。
また、大正、昭和にかけても宮沢賢治や与謝野晶子、谷崎潤一郎など歴史に名だたる人たちが、何らかの関わりがあるのがこの神田神保町です。
私がよく知っているのは、千代田区にある夏目漱石が過ごしたといわれる錦華小学校(現在は同地区にある西神田小学校と統廃合されてお茶の水小学校となっています)で、漱石の有名な処女作『吾輩は猫である」の石碑が建てられています。
文豪とは別に、昔ながらの喫茶店「白十字」「エリカ」「さぼーる」など歴史のロマン感じるお店も残されており、近くには、日本大学、明治大学、日本医科歯科大など学校や専門学校も多く、学生で活気がある街でもあります。
また昼食時には、この街の通りには学生だけではなく、サラリーマンやOLも街中にあふれかえります。
私が神保町に立ち寄った時に昼食時によく食べた店のひとつに「ランチョン」という店があります。この店の歴史も古くテレビなどでもよく紹介されたりしていますが創業明治42年という老舗です。
ここは、ビアホールとしてのイメージが強いのですが、もともと西洋料理店でありいつも混み合っています。私が好きなのは、“オムライス”やビーフシチュー”です。
オムライスのふわぁとした卵の食感や下でとろけるような味覚は絶品です。ビーフシチューも絶妙に煮込んだソースや食べると舌で融けてしまいそうな肉の食感はくせになりそうですね。
この他にも、すぐ近くに老舗そばの「藪そば」「まつや」が神田小川町に「松翁」「浅野家」が神保町そばにあります。また「一茶庵」もとてもおいしいお店ですね。
この地に私が頻繁に立ち寄るようになってから20年以上経ちますが、この間街並みは一見気が付かないように、しかし確実に変わってきています。
神田神保町もバブル経済の真っただ中を突き抜け、バブルの崩壊とともにオフィスビルの空き室が増え、そしてビル名が変わり、時折利用していたロシア料理の名店「バラライカ」もいつの間にかなくなってしまいました。
このお店のお客様が誕生日だと知ると、花束贈呈、マンドリンで生演奏のロシア民謡が聞けるという嬉しいハプニングもありました。彼女と一緒だとすごく喜ばれるのでないかと思います。
神保町から水道橋方面に歩くとあった「旭屋書店」もいつの間にか洋服の「青山」に店舗が変わってしまっていました。
それでもこの街を通り過ぎて行った私の心の軌跡は、この街にしっかりと刻み込まれています。私がいつかこの地を離れるその日まで。
みなさん、おやすみなさい。また次回まで。