大阪府議会議長である長田義明府議が地元での事務所開きの挨拶の中で次のような言葉を言ったそうだ。
「大阪にとって天の恵みと言うと言葉が悪いが、本当に地震が起こって良かった」
ソースとしているテレ朝ニュースの記事の題名は「【地震】「震災は天の恵み」大阪府議会議長が発言」となっている。
テレ朝newsは「天の恵み」という言葉に強い違和感を感じたようだ。
この題名は石原都知事が表現としての言葉を使い間違えたであろう「天罰」という言葉を意識して付けた題名かも知れぬ。
だが私は「天の恵み」という言葉よりも、「本当に地震が起きて良かった」という言葉のほうに強い怒りを感じる。
長田義明府議はANNの取材に対して「不謹慎だった」と語ったという。
不謹慎という言葉は「天の恵み」という言葉に対しての反省の弁であろう。
たしかに「天の恵み」だけであれば不謹慎だったと反省すれば良いのかもしれない。
石原都知事の「天罰」発言のように。
けれども「天の恵み」という言葉に続く、「本当に地震が起きて良かった」という言葉は聞き捨てならぬ。
私は記事の題名の「【地震】「震災は天の恵み」大阪府議会議長が発言」を目にしたとき特に怒りは感じなかった。
また何か言って叩かれた人がいるんだな、という程度で記事を読んだ。
そして「本当に地震が起きて良かった」という発言を目にしたとき、強い怒りが沸いてきた。
この発言は石原都知事の「天罰」発言とは違う、悪質な発言だと感じた。
石原都知事は「天罰」発言のあとに「被災者の方々がかわいそう」という言葉を言っていた。
ましてや長田義明府議は自身の主張している大阪府庁の旧WTCビルへの全面移転の反対という立場にとって有利になるという意味で「本当に地震が起きて良かった」という言葉を使った。
テレ朝newsの記事の最後に長田義明府議の言葉が載っている。
「長田義明大阪府議会議長:「あれは言うべき言葉ではなかった。ただ、話の前後のいきさつでつい出てしまった。反省しております」」
「あれは言うべき言葉ではなかった」という長田義明府議の言葉はどちらを指しているのか?
「天の恵み」なのか?
「本当に地震が起きて良かった」なのか?
「あれば言うべき言葉ではなかった」という言い方にしても、思ってはいても言うべきではなかったという意味ではないのかとついつい思ってしまうが、これは私の受け取り方が間違っているのか?
長田義明府議の「本当に地震が起きて良かった」発言は「あれば言うべき言葉ではなかった」という程度の言葉だとは私には思えない。
ソース
テレ朝news
【地震】「震災は天の恵み」大阪府議会議長が発言(03/21 14:00)

