2021年東北大の英作問題を書く

 

最初に、また苦情になるが、東北大受験生にこの英作問題は難しすぎると思う。大学側は解答例も出さず、どのような解答を期待しているのか、それがまるで分らない。文法・英文解釈は、参考書が山のようにあり、英文の訳し方は学ぶ方も教える方もポイントが分る。だが、英作文については、まともな参考書がなく、教える方も何をポイントとして教えるのか実は分っていない。まして学ぶ方は適当に書いては、文法的間違いを添削して貰うくらいが関の山なのだ。文科省が解答例を示すように要請したにも拘わらず、大学側は無視し続けている。実に無責任だ。

 

さて、苦情はこれくらいにして2021年の東北大学の英作文を取りあげ、書き方を説明していこう。

 

次の文章を読み、下線部(A), (B)を英語に訳しなさい。(2021 東北大)

 

 まず最初に “(こころざし)” ということについて考えてみよう。

 現代は志というものの価値が下落してしまった時代だ。声を大にして志を述べる人は少ないし、だいいち志という言葉じたいがオールドファッションになってしまったようなところがある。三十歳を過ぎてからのことは、十代の頃には考えてもみないのがふつうだろう。いや、二十代の後半になっても、三十代のことを考える人はほとんどいなくなってしまった。ところが、これは現代の若者の重大な盲点なのだ。(A)というのも、三十代以後のことを考えないということは、自分が何をしたいと思っているのか、自分のライフワークは何か、をはっきりさせないで宙ぶらりんの状態に自分の身を置くことだからだ。そういうモラトリアム(猶予期間)状態に身をゆだねていれば、知らない間にベルトコンベアによって、きまりきった人生のなかに運び込まれてしまうのは目に見えている。苦くみじめな青春の結末をむかえたくなかったら、やはり、志ということについて考えたほうがいいだろう。

 ふつう “志学” というと十五歳をいう。孔子の『論語』からでたことばで、 “志をたてる年齢” という意味につかわれている。この年齢は昔でいえば元服の時期でもあって、一人前に成人するときだった。(B)現代では二十歳が成人だけど、知的成熟からいえば、自我がつくられ、思考の基礎にある母語も確立される十五歳くらいを、ぼくらは自分の知的スタートの時期としたいものだ。

(花村太郎『知的トレーニングの技術[完全独習版]』(2015年)より一部改変)

 

[下線部A]

「というのも、三十代以後のことを考えないということは、自分が何をしたいと思っているのか、自分のライフワークは何か、をはっきりさせないで宙ぶらりんの状態に自分の身を置くことだからだ。」

 

この部分は、まず語句の説明から行う。

 

・「三十代以後のこと」

ここに出てくる「こと」をthing などで訳すわけにはいかない。この「こと」は「三十代以後の自分の人生」your life after 30と考えるべきであろう。

 

・「~ということは・・・ということだ」

この表現は頻出するが、A means B. が使えると便利。つまり、「AはBを意味する」と和文和訳をするのである。

 

・「ライフワーク」

「ライフワーク」は、一般的には一時的な仕事ではなく永続的な仕事、それも特に自分が熱心に追求したい仕事や研究などを意味する。その意味に相当する英語は lifework であるが、大学を出て企業に勤めて営業職や経理部門で長年する仕事などは lifework というよりも career が適切。

 

さらに「自分のライフワークは何か」について。この日本語の構文も<AはBだ>構文である。「あなたの職業はなんですか」と人に聞くときに英語では、What do you do? という聞き方が一般的である。この質問に対する応答も I’m a teacher.と言うより I teach English. などと言う。これと同じで What is your lifework? としてしまうと「現在のあなたのライフワーク」を聞いていることになる。やはり 英語は SVO が基本という発想で、What lifework do you want to pursue? としたい。

 

・「はっきりさせないで宙ぶらりん」

これは一語で、indecisive が使えるが、これを使わなくても 後に出てくる「モラトリアム」という言葉を参考にして、put off making a decision on ~「〜に関する決定を延期する」というように説明しても良い。

 

・「宙ぶらりんの状態に自分の身を置く」

「宙ぶらりんの状態」とは、下線部の後にすぐ「モラトリアム」という言葉が出てくるように、著者は「モラトリアム」を借金返済の猶予の意味で「猶予期間」と言っているわけではない。ここでは心理学的、社会学的用語として使っている。つまり、エリクソンが言うところのYoung people try out alternative roles before making permanent commitments to an identity.「若い人たちはこれが自分であるというものに永続的に関わる前にいろいろな事を試みようとする」に相当する。例えば自分が宮大工を一生の仕事にする前に、ファッションの仕事をしてみたり、IT関係の仕事もちょっとしてみたりして、やっぱり自分は大工が向いている。その「これが自分だ(my identity)」と言えるものを見つけるまでの期間のことである。

 

また「~の状態に身を置く」に相当する英語は put yourself in a position として、その後に関係代名詞でどのような「状態」なのかを説明していけば良い。

 

この英作問題文は一見やっかいそうだが、語句が分れば構文転換をしなくても英作できる。そういう意味では書きやすいとも言える。では、再度問題文を提示して、その英訳を示してみる。

 

(A)「というのも、三十代以後のことを考えないということは、自分が何をしたいと思っているのか、自分のライフワークは何か、をはっきりさせないで宙ぶらりんの状態に自分の身を置くことだからだ。

 

This is because not thinking about your life after 30 means that you put yourself in a position where you are indecisive about what you want to do in the future, or what career you want to pursue.

 

in a position 以下は次のようにしてもよい。

 

in which you put off making a decision on what you want to do in the future, or what career you want to pursue.

 

[下線部B]

「現代では二十歳が成人だけど、知的成熟からいえば、自我がつくられ、思考の基礎にある母語も確立される十五歳くらいを、ぼくらは自分の知的スタートの時期としたいものだ。」

 

長い一文だ。このような長い文は、まずできるだけSVOの短文に分けてみる。まず、この文は、「現代では二十歳が成人だけど」で一つ切れる。この文は典型的な<AがBだ>構文である。これを the age of 20 is an adult などと書いてはいけない。さっそくSVO構文を意識しながら和文和訳をやる。主語を何にするか。ここでは、「若者」young people を主語にすると和文和訳しやすいだろう。例を示す。

 

「現代では若者は20歳になると若者は大人と見做される」

 Today, young people are regarded as adults when they turn 20 years old.

 

 この本文はもっと端的に次のように考えてもよい。

 

「現代では人々は20歳で成人と考えられる」

 Today, people are considered adults at the age of 20.

 

もし「成人年齢」the age of majority という言葉を知っていれば次のような出題文と似た表現が書けるが無理にこう書く必要はない。注意するのは「二十歳が成人」とは英語では言えないので、次のように「成人年齢」とする。

 

「現代では二十歳が成人年齢である」

 Today, the age of majority is 20.

 

次に切れ目として考えられるのは、「知的成熟からいえば」であろう。「知的成熟」のような硬い表現は結構そのまま直訳できる。つまり、intellectual maturity である。これを使えば次のような文法必須表現(when it comes to ~ や in terms of ~)を使って次のように書ける。

 

「知的成熟からいえば」

・when it comes to intellectual maturity

・in terms of intellectual maturity

 

次はどこを切って短文にして考えるか。ここで思い出して欲しいのは日本語の<連体修飾語+名詞>の構文をすぐ関係代名詞を使って書こうとしないこと。一度分けて考えることが重要。「自我がつくられ、思考の基礎にある母語も確立される十五歳くらい」を次のように分けて見るのである。この時も「自我」が日本語では主語だから英語でも「自我」を主語にして書こうとする必要はまったくない。「主語」を childrenにしても、一般論として people で書いてもよい。これを念頭において和文和訳文と英訳例を提示しておこう。

 

「人は十五歳くらいで自我を作り、思考の基礎にある母語を確立する」

People shape their self and establish their mother tongue which underlies their thinking at around the age of 15.

 

説明を追加。この日本文の後半も<連体修飾語+名詞>構文であることを見定める。つまり、「母語」という名詞を連体修飾語の「思考の基礎にある」が修飾している。この文も全体的には、まず、「人は十五歳くらいで自我を作り、母語を確立する」と考え、次に「母語」と「思考の基礎にある」という表現をSVOで考えてみれば良いと分る。つまり「その母語が思考の基礎にある」と考えて、ここで関係代名詞を「その母語」の代わりに使う。「基礎にある」に相当する英語は underly くらいが適切だが思い浮かばなければ、shape their thinking fundamentally 「思考を根本的に形成する」のように工夫をすればよい。

 

次に最後の部分を説明する。

 

「十五歳くらいを、ぼくらは自分の知的スタートの時期としたいものだ。」

 

この最後の部分もSVO を意識しながら考える。さらにここでも「ぼくらは」と主語がwe であるが、一度立ち止まって考えてみる。新聞の社説などでは、「個人」が書いていても、we「我々」を使って書いたりする。これをeditorial we と言うが、この文章は単に花村太郎という人の「意見・願望」に過ぎない。したがって、ここは端的に I want で書けばよい。また、十五歳くらいが日本語の構文上前にあるが、前の和文和訳を念頭に置きながらこの文の和文和訳をすれば、次のようになろう。

 

「私はその歳(十五歳くらい)を自分の知的スタートの時期と見做したい。」

 I want to regard the age as a starting point of intellectual development.

 

なお、「知的スタート」を名詞表現でなく、動詞的に次のように書くことも出来る。

 

as a starting point when young people make their academic pursuit.

 

最後に下線部(B)の出題文と英訳例を示しておこう。

 

「現代では二十歳が成人だけど、知的成熟からいえば、自我がつくられ、思考の基礎にある母語も確立される十五歳くらいを、ぼくらは自分の知的スタートの時期としたいものだ。」

 

Today, young people are regarded as adults when they turn 20 years old. However, in terms of intellectual maturity, I want to regard the age of around 15 as a starting point of intellectual development, because people have shaped their self and established  their mother tongue by that age which underlies their thinking.

 

全体訳は説明の順序と異なっている。また時制など多少手を加えているが、私がどんな操作をしているか考えてみて欲しい。