3.11の地震で被災した福島第二原発事故の現場に状況を映画化したもので

当時の総理大臣の民進党時代の菅総理の言動が現場に混乱させた様子がよく描かれている。怒り管総理が事故の拡大した様子。当時の枝野幹事長の記者会見は後手後手に回ってる。そのため住民の避難がなども繰り返すことになり。当時のアメリカは日本政府が収束できないとみてた。避難区域は40km以内としてたがアメリカは80kmと考え東京も危ないと考えていた。一部の政治家は京都以南に逃げていた。現場の吉田所長は後日なくなりましたが

十分の事故管理してたと思うが政府のやり方の間違いがよく出ていた。当時の放射性物質の汚染は一部の人が騒いでたが今はその様子がない。多分ソ連や中国の核実験の放射能汚染された物質が偏西風に乗り雨に混じりて日本を汚染されていた。現在の汚染度は地球環境にその分が残ってる。また駐在米軍の”友達”作戦行動も描かれていた。菅直人総理の変な動きがなければまだ重大な汚染が起きないと思った。