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『星占いダイアリー2024』使ってみてま~す♪
なんといっても、この手帳!内容がモリモリ盛り沢山っ…!!
星座毎の年間&月間運勢はモチロンのこと、
ウィークリーページにもポイントメッセージが書かれていて嬉しい!
いずれも、読むと励まされたり、背中を押してもらえる感じがします♪
(っていうか、ライブ配信が見られるコードも付いていて、
それが年に4回もあるなんて…なんて太っ腹なの!!)
そして何より、私が好きだなと思ったのは、まず
「2024年は こんな私になる!」を自分で設定して書き込むページがあること!
そして、それを見出すためのヒントが、その前までのページにたくさん散りばめられていること!
急に書こうと思っても、なかなか言葉が出て来ないけれど、
キーワードをもらってヒントにしてみると、胸に浮かんで来るものがありますね~♪
そしてそして!
かなったこと&振り返りリストのページがあるのもいい~♪
「ここに何を書き込むことになるのかな~?フフフ…」と想像する度、楽しみな気持ちになります!
あとあと、なんとなんと!
パッとページを開くだけで、タロットからのメッセージまで受け取れちゃう~!
もうね、楽し過ぎ♪笑
この手帳と一年を共に過ごすんだ~!と思うだけで、もう、ワクワクします♪
< 某月某日 >
今日は、母が生まれた日&母が出産した日。そう、私と母は誕生日が同じなのだ。そんな私と母は、まあ基本的には割と仲が良い。
けれど、この前かなり久しぶりに、ちょっとした言い争いをした。というか、母特有の小言に私が過剰に反発したというのが近い。
反発したらしたで、母が「親がこうやって言うのなんて当然なんだから、アンタは『はいはいどうもね~』って、言っておけばいいのに!」と、私が反論すること自体をも否定するもんだから、つい、更に反発したくもなってしまった。
とはいえ、大抵のことなら私も毎度「はいよ~」と流している。なのに、何故その日に限っては反発せずにいられなかったのか?
それは、「○○ちゃん(←私の夫)のこと、大事にして感謝しなさいよ~!」と言われたからだ。
パッと見れば、ごくありふれた何てことのない「よかれ」アドバイスだろう。
しかし、私のプライベートの様子をよくご存じの方々には、「なるほど?(苦笑)」と思われる所があるかもしれない。
そりゃなんせ私はコロナ禍前は、しょっちゅう出歩いては夜中まで呑んでいたし。子育てはしておらず、ほとんど働いてもいなくて、気ままに遊んでいるし。かといって家事に励むわけでもない。
世間一般からしてみれば、主婦としては「よろしくない」方に分類され得る生活態度だろう。
それを母も知っているからこそ、出た言葉なのは分かっている。
しかし、その状況にまつわるエトセトラを一番、散々、痛感しているのは、私自身なのだ。
夫との付き合いは、かれこれ27年。
その間に実際、私はウッカリ調子こいて自己中になっちゃった事も多々あるし。嫌な思いもいっぱいさせてしまい、心底、夫に謝った事も多々多々あるし。
反省の念で枕を濡らした夜は数え切れない。
ただ現在、実際のところ私と夫は日々の生活にこれといった問題もなく、楽しく仲良くやっている。
それもこれも、夫が良い意味で、私に対し何かこれ以上努力することを全く期待していないからだ。どうしても自分のやりたいようにしか出来ない私を良い意味で諦め、受け入れ、笑い飛ばしてくれている。
なので、私は夫には毎日マジでスーパー感謝の気持ちでいっぱいだし、実際、日々感謝の念を伝え、労い、応援している。家事やその他諸々も、自分なりに出来ることを出来る範囲では、やっている。
私としては「こちとら、どんだけその件と向き合って心砕いて、やって来たと思ってんだよ!?」というのが反発ポイントだった。
しかし、その数分後、冷静になって考えてみると……
そこでそうやって盛大に反発したくなるのは、私自身こそが、自分に対してどこか「まだ、これじゃダメなのでは?」と疑いの目を向けている所があるからなのだと気付いた。
日々せっせと忙しく仕事に励む夫の横で、自由気ままに遊んで過ごしている。そんな自分に、何処か、うっっっすらとした罪悪感や恥の感覚を感じ続けているからだ。
自分を責めている気持ちがあるから、それを他者の言葉の中に勝手に投影して、「これ以上、私を責めて攻撃するのは許さんぞ!守らねば!反撃だ!」とばかりに、反発してしまう。
その時、私の心の中のギャルが言った。
「自分が自分のこと、誇ってればよくね?」と。
日々、具体的に、何を?どのくらい?やっているのか。これまで2人の間で、どんなやり取りがなされ、どんな関係を築いて来ているのか?本当の所を全部、分かっているのは自分なのだから。
それと同時に、母はそういう具体的なアレコレを「詳しくは知らない」からこそ不安になって小言を言ってしまうのかもしれないな、とも思った。
私が自分を誇っているのなら「はいはい、どうもね~!(今後も、やってくぜ!任せとけ!)」で終わるはずの話なのは、確かにそうなのだ。
むしろ、「それで安心してくれるってんなら、お安い御用だぜ♪」ぐらいのものだ。
時に親自身の不安を解消したいがための言動を含むこともあるとはいえ、小言の根本は「子に幸せでいて欲しい」という純粋な願いなのだろう。
その時その時、親としては本気で「よかれ」と思ってくれているのも、そうなのだろうし。
「その気持ちだけ、ありがたく受け取っておいたら、いいじゃんね」と思った。
とはいえ、夫と2人揃って、ちょこちょこ実家に顔を出して元気に仲良くやってる様子を見せていたつもりではあるけれど。
それでも、私が再び自由に遊び歩き始めたのを少しでも知るや否や、そういう小言を「言わずにいられない」のだとしたら、母自身の何らかの切実さから来るものもあったり?するのかもしれない……
なんてことも、考えたりした。
あくまで私の憶測でしかないし、本当の所は分からないけれど。
とりあえず、「心の片隅にギャルを置いておくのは、良さそうだな」と思った。
※この後日、更に思う所もあったので、続きを書くかも…??
※画像はギャルに変装してみるも、微妙になりきれなかった時の私。




