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ライポン

気になる記事を発見
そうそう、とうなずいちゃうもの!


知ってる人案外少ない????

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「ライポン」という刺さないハチ。これを素手でつかまえたり、リードをつけてペットのように散歩させる──そんな遊びが昭和の後期、一部の地域の子どもたちの間で流行ったという。
「ライポン」が吸蜜におとずれる白い花には子どもたちがこぞって集まり、その木(ネズミモチ)は「ライポングサ」とか「ライポンの木」と呼ばれていたそうだ。
ネット検索して得た情報を総合すると昭和40~50年前後、東京の城南地区といわれる大田区、目黒区、品川区あたりでは「ライポン」を知らない子はいなかったらしい。

コマルハナバチの♂が「ライポン」と呼ばれ、ある時期、限定的な地域で子どもたちに大人気だった──ということを僕が知ったのはだいぶ後の事である。
なんだかちょっと面白い話だと心に残った。

ライポンは「刺さない蜂」として子どもたちの間には広まっていたようだが、正確には「蜂の♂だから刺さない」というべきだろう。ハチの毒針は♀の産卵管が変化したものだ(全ての種類のハチが「刺す」わけではないそうだ)。だから同じ種類のハチでも♂は刺さない。コマルハナバチも♀は針を持っていて刺すが、刺さない♂(ライポン)とは、まったく違う色(黒い体に尻が黄色)をしているので間違える事は無い。むしろ一見別の種類のように見える(コマルハナバチ♀はクマバチとよく間違えられる)。それで全身黄色っぽく見える「コマルハナバチの♂」が「刺さない(種類の)蜂」として知られ、広まっていったのだろう。

それにしても、ハチを捕まえて糸につないで「空中散歩させる」なんていう遊びがどうして流行ったのだろう。
ハチといえば一般的には「毒針で刺す」イメージから恐れられたり嫌われる存在だろう。実際にスズメバチに刺されて死ぬ人も毎年後を絶たない。
昆虫の中には毒を持たないカミキリやガでハチに擬態して身を守っているものさえいる──ハチは「敬遠される虫」である。
※ハチを思わせる蛾/http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/17900912.html
※ハチそっくりのカミキリ/http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/17936577.html

そんな恐れられ、嫌われている存在を遊び相手にするというのは──ちょっと意外な感じもするが、その「意外性」が逆にウケたのかもしれない。

おそらくその頃人気だったTVアニメのキャラクターに「オバQ(オバケのQ太郎)」というのがあった。
オバケも、もともとは恐れられたり忌み嫌われたりする存在である。しかし、それを友達としてしまう設定の意外性──これが子どもたちにはウケた理由の一つだったろうと思う。
「ライポン」にも「オバQ」同様、ハチの怖いイメージを払拭しペット化して迎え入れるという意識改革による快感(?)のようなものがあったのではないだろうか?

さて、そうした「嫌われ者が一転して人気者になる」という意外性にブームになり得る要素が潜んでいたとして……疑問なのが、どうして1地域に限って大流行したのかという点である。
コマルハナバチは城南地区限定の昆虫ではない。分布は全国的であり、当然「黄色い♂は刺さない」という条件(生態)も全国一緒である。なのに、大ブームが限定的だったという点が不思議な気がする。
城南地区で子ども時代を過ごし「ライポン」で遊んだことがある人達は、その後別の地域で育った人に「ライポン」が通用しない事を知って大きく驚くようだ。

実は「ライポン」というネーミングにブームの秘密があったのではないか──と僕はひそかに(?)考えている。
「ライポン」という愛称の可愛らしい響きは、このハチにピッタリである。そしてこの愛称によって、このハチの可愛さが強調されて子どもたちの注目を集める効果をはたしたのではないか。
「コマルハナバチ」では一般的なキャッチは良くない。標準和名で子どもたちが感心を示す事も無いだろうが、「ライポンをとりに行こう」と言えば「それは何?」と感心が呼び覚まされるのではないだろうか。そこで「刺さないハチ」「空中散歩ができるハチ」という意外なキャッチフレーズ(?)が認識として浸透・広まり、ライポン遊びのブームにつながったのではないか?

狂牛病やクロイツフェルト=ヤコブ病の病原体として浮上した仮説の感染単位が「プリオン」という名前の発明によって、脚光を浴び確固たる概念を構築したように、キャッチの良いネーミングは革新的なイメージを構築することがあるのだろうと思う。

城南地区に「ライポン」ブームがおこったのは、そこに「ライポン」という呼び名が生まれたからだ……という気がしないでもない。

そこで「ライポン」というネーミングの由来について知りたいところなのだが……これがよくわからない。
本当の所は「ライポン」と呼び始めた人たちにしか判らないのだろうが……その情報をみつけることができないので、無理矢理想像するに──、

「ライポン」の「ライ」あるいは「ライ○ン」の部分は「ライオン」に由来するのではないかという気がする。
「ライポン」は別名「キグマ」とも呼ばれていたらしい。これは「黄熊」つまり「黄色い熊蜂(クマバチ)」という意味だろう。
体の(腹の)黒いハチを「熊」蜂と呼ぶのにならって(?)、黄色い蜂に「ライオン」を当てはめるのは発想としてあっても良さそうな気がする。
「ライオン蜂」では長いし語呂も悪いので「ライポン」になった……と想像するのは不自然ではないだろう。

では「ポン」にはどんな意味があるのだろう? まず思い浮かんだのが「ポンポン」──玉房状の飾りである。Wikipediaによれば、服飾用語で毛糸やリボン、毛皮などで作った小さな飾り玉のことを「ポンポン」(フランス語のpomponからの外来語と考えられているとのこと)と呼ぶという。
「ライポン」の毛羽立ったフワフワの体は「玉房状の飾り」を思わせる。「ポン」の由来がここにあったとしても違和感は無い。

次に想像したのが「蜂」という漢字は「ポウ」とも読めることから「ライオン蜂」が縮められ「ライ蜂(ポウ)」→「ライポン」と呼ばれるようになったという可能性である。
「蜂」が「ポウ」と読まれるケースには、ミツバチの「分蜂(ぶんぽう)」などがある。
「ポウ」ではないが「ボウ」で呼ばれるハチもいる。メタリック・ブルーが美しいセイボウは漢字で書くと「青蜂」である。
※メタリックに輝く虹色のハチ/http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/4654866.html

「青色の蜂」が「青蜂」と呼ばれているのだから「ライオン色の蜂」が「ライ蜂」と呼ばれ、それが「ライポン」になった──という説があっても、おかしくはあるまい。

また調べてみると、「ポン」にはアイヌ語で「小さい」という意味があることがわかった。地名の「ポンピラ」は「小さい(ポン)崖(ピラ)」、「ポンモシリ」は「小さい(ポン)島(モシリ)」というアイヌ語に由来するそうだ。
余談だが「ポン」の反対語は「ポロ」で、「札幌」はアイヌ語の「乾いた(サッ)大きな(ポロ)川(ペッ)」とする説もあるそうな。

「ポン」を「小さい」という意味でとらえると「ライオンっぽい小さなハチ」を「ライポン」と呼ぶのは実にピッタリくる(と個人的には感じる)。
ただ、東京でなぜアイヌ語なのか……という疑問は浮かばないでもないが……。

当時は「ライポンF」という家庭用台所洗剤(現在は業務用のみ)があってテレビCMも放送されていたので、単に響きの良い耳に残るこの「ライポン」とかけて(?)こう呼ばれるようになっただけなのかもしれない。

いずれにしても想像の域を出ないだけに「ライポンの謎」はずっと解けずに残ったままである。
「ライポン」と初めて呼び始めた人やネーミングの経緯を知っている人は、まだ生きているのではないか?
生き証人がいるうちに誰かがこの源泉をつきとめ「ライポンの謎」を解明してくれないものだろうか?──そう思わないでもない。

全然話は違うが、一時期流行った「ピーマン」という言葉の語源──野菜のピーマンに由来するとの認識が一般的だが、僕はある人物のあだ名「プチコンマン」が源泉ではないかと考えている。

※【追記】
《ライポンは触ったあとの手の匂いが洗剤の匂いに似ていることから着いたニックネームだったと思います。音感もハチのイメージとマッチしたので(この地域では)定着したのでしょうね。》