日付・状況

2025年12月20日、取引先でよくしていただいている方が、脳腫瘍で入院・手術をしたと聞き、とてもショックを受けました。

大切にしてきた方のことだったので、心配で胸がいっぱいになりました。


夫の反応

そのことを夫に話したとき、返ってきた言葉は「それ、男?」でした。

正直、驚きと同時にイラっとしました。

「大変だね」「心配だね」といった共感はなく、ただ性別に注目するだけの反応に、私は心の中で「最低だな」「やっぱり嫌いだわ」と思いました。


自分の感情

人の命や健康に関わる話に対して、共感や思いやりは当然あるべきだと思っている私にとって、この反応はとても冷たく、失望感が大きかったです。

自分の心配や思いやりを軽んじられたように感じ、怒りもこみ上げました。


比較と気づき

その後、彼が「大丈夫?」と心配してくれたことがありました。

この反応の差で、心に寄り添う優しさや思いやりの大切さを改めて感じました。

夫の態度がいかに狭く小さいかも、はっきりと分かりました。


学び・決意

今回の出来事で、自分の感情を無視されたり軽く扱われる関係に無理に期待する必要はないと痛感しました。

心の安全は、自分で守るしかありません。

これからは、自分の尊厳を大切にしながら、必要な距離を意識して生活していこうと思います。


息子にプールをやらせたいと言ったのは、夫だった。

申し込みや手続き、月謝の支払いは、すべて私が引き受けてきた。


二年以上、毎月欠かさず払ってきた。


けれど息子は、毎週行くのを面倒くさがる。

送り出すたびに嫌な気持ちになり、やめたいと言う。

その度に私が対応し、私が「やめろ」と言う役になった。


「ママから言われるのが嫌だ」と言われるようになった。


昨日、夫からLINEが来た。

「今度から俺が払うから、支払い先の変更の仕方を教えてほしい」と。


方法を伝えると、今日、子どもたちの前で変更手続きをした。

そしてこう言った。


「ママが払いたくないって言うから、パパが払うんだよ」


私は否定した。

そんなつもりはないと伝えた。

でも訂正はされなかった。


長女は以前から

「ママばかりパパに払わせてる」

「パパがかわいそう」

「ママはお金がない」

そう言う。


夫は続けた。

「子どものためにお金を出すのは当たり前だよ。

そのためにパパは頑張って働いているんだ」


息子は感動していた。


その場で私は、何もできなかった。

これは話し合いではなく、役割が固定される場だったからだ。


決めたのは誰か。

続けさせたのは誰か。

負担してきたのは誰か。


それらはすべて、物語の中で消されていた。


私は、責められたくて書いているわけではない。

ただ、何が起きているのかを正確に残したいだけだ。


境界線は、言葉ではなく、

こうした小さなすり替えによって引かれていく。


今日一日、私は夫から省かれた。


朝8時半、夫は私に何の連絡もなく、息子だけを連れて出かけた。

皮膚科だったらしい。


その後、夫は長女に直接連絡を取り、

お昼ごはんに合流するように伝えた。


さらに、家に残っていた次女に電話をし、迎えに行き、

私を置いたまま外出を続けた。


その間、私への連絡は一切なかった。


夜22時半に帰宅したが、

帰宅後も説明も会話もなく、沈黙のままだった。


私は今日、

「妻として」

「母として」

家族の中から、静かに外されたのだと思う。


この出来事の最中、

私は再び閃輝暗点の症状が出ていた。


無視されること、

説明されないこと、

存在しないかのように扱われることは、

心だけでなく体にも確実に影響を与える。


これは喧嘩ではない。

意見の違いでもない。


関係性そのものが壊れているサインだと、

私は受け止めている。


この状態で婚姻関係を続けることは、

私の心身を守るという意味で、

もう不可能だと感じている。