毎日
家族以外で顔を合わせるのは保育園の先生達&
ママさん達。
それぞれの人と会う度
挨拶しながら何とな〜く思ってた事。
・この先生は頼り甲斐がある
…でもその完璧さがちょっと苦手
(だらしない自分の子育てを責められてる気がする)
・このママさんはいつも笑顔
…でも本音が見えない
(私に心を開いてくれてない気がする)
・このママさんはいつも礼儀正しい
…でもダンナさんはEXILE系
(ママさんもヤンキースピリットなはずだ。
怖っ)
・このママさんは個性的で堂々としてる
ように見える
…でも無愛想
(独特なセンスで協調性無さそう)
…などなど。
無意識のうちにジャッジしてる私。
一歩引いて俯瞰してみると
その自分のジャッジに多大な妄想と偏見と思い込みが
ある事に気付き、
そこに思考が引っ張られてた事にハタ、と思い当たる。
そして全部、自分の投影と学ぶと
あらら?
今までの
「でも」
「気がする」
「○○な、はず!」
の印象が薄まり、
「頼り甲斐がある優しい先生」
「笑顔の素敵なママさん」
「礼儀正しさが気持ちいいママさん」
「〝自分の世界観〟を持っててカッコいいママさん」
シンプルな見方に変わって
その内、皆んな繋がってて
皆んな私なんだ。
『皆んな一つ』って
こういう事だったのか。
と気付き、あたたかいものが込み上げる。
そして
そこに導いてくれた
大切な出逢いを思うと
タイミング、プロセス、
ぜんぶ祝福と愛に彩られて完璧だったんだー
スゴイなぁ
と。

と。感謝





今日のワーク
レッスン18
「私の見方がもたらす結果を体験するのは、
私ひとりではない。」
一輪だけ開花してくれてました
