晴天ながら春の陽気にはもう少し、の東京です

皆様の地域はいかがでいらっしゃいますか?

あの震災から3年。
まだ復興という言葉は似つかわしくない現状の中、東北の人々の忍耐、希望を力にした様々な取り組み、本当に何か出来る事はないものかと心痛み、復興への協力、繋がりを願います。

被災された皆様に、お亡くなりになった皆様、ご家族の皆様に、心から哀悼の意を捧げたいと思います。


私達、移植という大きな手術を経験した家族、そして、一生免疫のコントロール、お薬の必要な家族にとっても、大きな課題をいただいた経験となりました。実際に、

薬が手に入らない
清潔な状態が手に入りにくい
救急の際の交通がストップしている
水や紙類、生活必需品、食料が流通していない
電気の供給のストップまたは制限

上記だけでなく、震災当日は子どもを預けた場所へ連絡が摂れない、渋滞で身動きが取れない、等の緊張した状態も起こりました。交通の麻痺により、職場から、または出先から家に帰れない、などの事も起こりました。ビルの最上階にいて、立っている事の困難な恐怖を経験し、心的外傷を受けた方も多くいます。

もっとも、東京でも上記の非常事態ですので、被災地の惨状は皆さんも映像等でご存知だと思いますし、ドレミファクラブでも被災地に近くのご家族がいらしゃいました。


震災当時、一番身近な心配はやはり、お薬だったのではないでしょうか?
当時、ドレミファクラブ顧問で、主治医でいらっしゃいます笠原先生がメッセージを下さいました。
また、放射能についても不安が広がり、子どもいる家庭での水の不安も深刻です。

20111年、3月のブログに戻っていただきますと、先生からのメッセージ、情報などが出て参ります。

笠原先生からは、「二、三日お薬をスキップしてしまっても慌てる事なく、ご心配のしすぎないよういて下さい」というご連絡もいただきました。

また、お薬の管理、持ち歩きについての意識についても考えさせられました。
例えば、

・出かける際にはお薬を多めに持ち運ぶ
・子どもの身体の状態についてすぐにわかる情報を記載したものを持ち歩く
(移植していること、血液型、飲んでいる薬、などなど)
・お薬保管の際、二つ、三つに分けた場所に保管する
・お薬の入手手段のシュミレーションをしておく

などです。震災当時は交通手段が塞がれてしまった為、自転車や徒歩で成育までお薬をいただきに来たご家族もいらしゃいました。

3年という月日経ち、また改めて意識を新たにする事、そして、被災地の人々、特に障害を持つ方の支援に心動かして参りたいですね。

何ができるのか、、とつい深く考えてしまいます。
3年前、沖縄のドレミファクラブの方より、マスクが段ボールで送られてきたという、心繋がる温かな手を下さったご家族もいらして本当にその思いやりに救われました

これからも、移植した家族同士、起こりうる事に恐怖に覆われすぎず、しかし、もしも起こったときの対処の情報交換をしながら、医療行為ではない、お母さんならではの、また、移植した家族ならではの情報として、また、こうした命に関わる系家ンをした家族としての体験をし、各々の家庭で、こうして乗り越えてきた、という情報こそ、宝であると思います

様々な想いの駆け巡る今日です。

生きて今ある事にいっそうの感謝を、震災の日に寄せたいと思います。

皆様、どうぞ、穏やかな日でありますように