今年は非戦70年。
私の曽祖母はもちろん被爆者、祖母も母もそう。
曽祖母は亡くなった時、大学病院に内臓のを預けたと聞いている。
まだ小学生だった私は、意味がよくわからなかった。
隣のおじさんもそう…
膝の後ろを怪我し、完全に治らなかったそうだ。
そんな原爆と共に生活して来た広島人。
母は3才の時被爆。顔の半分を火傷していたそう…水を飲んでは死ぬと言われていたけど、祖母も妊娠中で足を怪我し動けなかったため、止めることも出来なかったらしい。今思えば、水を飲んだことが良かったのかと話す。
元気だった頃の祖母は、語り部として原爆、戦争の恐ろしさを話していた。
私には余り話さなかった…
私は、今の幸せや平和を心から願い喜びたいな (^.^)そして戦争のない未来を願いたい。
8月2日はそんな気持ちで歌います。