“さようなら”という言葉、永遠の別れをイメージさせるので使われなくなっているとか。

先日話題になっていました。

確かに私も最近は使っていないわーなんてことを考えていたら、

何十年も忘れていた祖母とのやりとりを思い出しました。

 

戦後未亡人となり、女手ひとつで父を育てた祖母は

規律正しく、笑顔を見せず、自分にも周りにも厳しい明治の女。

人付き合いを好まず、いつも決まった時間に起き(そして皆も起こし)、

祖父の仏壇にお経を唱え、家中をピッカピカに磨き上げ…

私たちは祖母の号令のもとでピシッと緊張感のある、

そして少々ビクビクしながらの日常生活を送っておりました。

 

そんな祖母が70歳を超えたある夜、私に「さよなら」と呟いたのです。

「この年になると眠りながら死ぬかもしれないからこれからは“お休みなさい”

じゃなくて“さよなら”と言う」と。

この気弱な言葉が祖母らしくなくて、まだ若かった私は「何変なこと言ってんの?」などと

茶化して応じなかった。だから「さよなら」はその日だけでした。

間もなく祖母は認知症を発症し、そのまま亡くなりました。

結果としてあの日の「さよなら」は祖母からの本当のお別れの挨拶となった。

年月が経ち、祖母の完璧主義の鎧の内側…様々な経験からの辛さや孤独感、

優しさや愛情、それを表現できない不器用さも少しはわかるようになりました。

そんな祖母が不安な内面をチラッと覗かせたあの晩、ちゃんと受け止めたかったです。

「今日はさよなら、でもまた明日ね♪」

タイムマシーンがあればこんな感じでさらっと返してみたいかな照れ

 

さようならの話題でふと蘇った記憶でした。

悲しくも優しい心を含んだ美しい別れの言葉、使われなくなるのは寂しいな。

明るいイメージで使える場面を考えてみよう。