エネルギー経営学[起業家hase]です。


23事業目は、デジタルサイネージを作ってメーカーになろう!プロジェクトを始めました♪


たまたま、既存事業でLEDパネルを買って文字を出す。みたいなシステムを作ってて、たまたま
友人からデジタルサイネージが欲しいんだけど。


と連絡あったので『じゃあ、これ使って作ってみっか』ということから始まったプロジェクト😅


うちはプログラマーもエンジニアも自社にいるので、配信システムあたりもできるから、やればできんじゃね⁉️


なんて言い出して、作り出した。
普通じゃないけど、うちのグループには良くあること🤣


こう言うのって面白いよね〜



それでさ。
ついでにサイネージ業会のことなんかも調べて、相場なども見てみたけど、ビックリ行天な業界
ってことが分かった‼️


自分たちでぜんぶ作るからってのはあるけど、一体いくら儲けてんだ⁉️と思うくらいのブチ抜き業界だった。


これなら、うちが始まれば業界に風穴があくな!
それって面白くね笑


なんて、皆んなで話して盛り上がる日々🙂🙂
事業作る時のこのパターン面白いよなぁ。


まだ、完全にできてないけどもう少し!楽しみだな〜‼️






エネルギー経営学[起業家hase]です😊


今日はちょっと面白い人と会食したので記憶に残しとこうと思って書きました😀


齢78歳のおじいちゃん👴


有名な地質学者さんで、とても人生の生き様が凄まじく、逆に自分たちはぬるい人生を生きているのかな。。


なんて思ってしまうようなパワフルな方でした😅


この人は
東京の防空壕で生まれて、お母さんが防空壕の中からお医者さんのところへ連れて行こうと外に出たら、歴史に残る「東京大空襲」にあい、その防空壕は全滅、10万人の人がそこで亡くなりました。


運良くそこから出たその人は、生まれてすぐに養子に出され軽井沢へ。


訳もわからず、知らない家に養子にきたが、どうしても帰りたくなり、なんと!3歳の時に乗合バスを見つけ隠れて乗り込み、上野に舞い戻ったんだと。


 
しかし、お金もなにもないので泥棒したりして食いつないで生き延びていたが、当時、東京では、親を亡くした孤児のような子供たちを収監する人たちが街を巡回し捕まえて施設に収監するというのがあったらしく、そこであえなく捕まり、収監される。


そこは牢屋の中に沢山の親がいない子供達で溢れかえり悲惨な場所だったそうです。


そこにいる子供たちの中には親が迎えにきたり見元引受人が迎えにきたりで、少しずつ減っていくが、その人は誰も迎えにこなかった。


そこで、一緒に牢屋にいる子供達で「脱走しよう」ということで脱走計画を企て、なんと3歳でまた仲間の子供達と脱走をはかった。


見事に脱走は成功し、少し年上の5歳の子たちに混ざって、物を売ったり盗みをしたりと生きるために何でもした。と言ってました。


そこで、数回同じことを繰り返したが、5歳くらいで、次の養子先へ行くことになる。


結果、その後3回養子にいき終戦。


そこから、世の歴史に名を残す「日本赤軍」に入り学生運動で逮捕。


そこから、外国へ渡り、今で言うパラグライダーを見つけ、面白そうだからと思い売っている国を見つけ日本に持ってくる。

これが、今、日本にあるパラグライダーの始まり。


それを世に広め認定試験なども出すような団体になったといっていました。


そのパラグライダーのプロなのに、ある大会で地上600mから落下して、TVでも放送されたらしけど、なんと奇跡的に生きていてギネス登録までされちゃった。と言ってました😅

189針だって😂
生きているのが凄いけど…ぐちゃぐちゃだったと笑って言ってました。


この人は無敵なのか、神様に守られているのか。普通はペシャンコなのに、、
ビックリ😅



ギネスの協会からも、この記録は誰も今後も破る事はできません。何故なら、誰もチャレンジしないからです。
とキッパリ言われたと笑ってました。


それで何故地質学者になったのか⁉️
分かりませんが、現在では有名な地質学者で今でもパワフルなおじいちゃんでした。


こんな歳になってもこうやって元気に俺たちのような小僧と笑話しながら呑めるって最高の人生だな。って思いました🙂


昔の人は、そもそも生命力も桁違いだなと尊敬しちゃいました😅