風雅家、夕方六時。キッチンにて。

 

「アミってさ、明日って暇?」

 

 6月のある日、晩御飯に使うキャベツを洗っていた遊矢が突然アミに聞いてきた。

 

「暇だけど……急にどうしちゃったの? 風邪ひいた?」

「ひいてないひいてない。俺変なこと言った?」

「いやぁ普段は狩也くんばっかり電話かけて誘い出してるし、珍しいからついつい」

 

 あまりの珍しさに血相を変えて首を傾げたアミのボケに渾身のツッコミを返す。

 事実、ここ二年間はアミ本人を自発的に誘って遊びに出掛けようと言い出す機会は少なくなったし、去年に至っては錬金術師だの宗教集団だの概念の化身だのテロ組織だのを相手取っていたこともあって遊矢はじめ多くの人間が忙しすぎてそもそも遊びに行くという行動にすら制限がかかっていたほどだ。

 今回突然そんな言葉を漏らしたのは無事に諸々の事件を解決に導き、ハイスクールも二年目に突入できたことでようやく精神的な余裕ができたからかもしれない――と遊矢は思う。

 ちなみにこれは余談だが慶太や狩也とは定期的に町のパトロールを称してどこかに出掛けていたことをアミは知っている。

 先日のアミの誕生日も天之御崎にある遊矢の実家である風雅宗家に用向きで行ってしまい、前後で特になにも言わなかったのがこの男でもあるがそこは責めないであげた。

 

「たまにはいいじゃん。それとも忙しいってこと?」

「そんなことないよ。むしろ遊矢からお出かけに誘ってくれるなんて嬉しい!」

「じゃあ決まり! 明日はほしいものがあるから、一日付き合ってもらうぜ!」

「つ、付き合う……」

 

 嬉しそうに笑顔を見せる遊矢の言葉に思わずアミの口元も緩む。

 実はデュエル関係以外にはほとんど無欲な遊矢がほしいもののために一日を費やすというのもかなり珍しいことだが、アミを一日中連れまわしたい場所があるなんてことはめったにない。

 遊矢のことを異性的に好いているアミからすればこんなに喜ばしいこともないだろう。

 きっと二人きりでデート気分――なんてことが明日一日だけは体験できるんじゃないかと今から期待に満ち満ちて、晩御飯の仕込みであるジャガイモの皮むきの速度も上がる。

 

「あ、アミ! なくなる! なくなる!」

「え? あっやだぁ……ごめん」

 

 隣で叫んだ遊矢に気付かされるまで剥かれた豆サイズのジャガイモがアミの心ここにあらずを見事に示していた。

 やーいドージドージと茶化してくる彼を全力でげんこつし、晩御飯づくりを再開する。

 とはいえ、これが明日はきっと楽しい一日になる……そう期待して、胸が躍った夜のことだ。

 

 そして、当日。

 ちょっといつもより可愛く、ちょっといつもより丁寧なメイクで、ちょっといつもより髪型を変えて準備を整え、待ち合わせ場所としてセッティングされたショッピングモール内にある噴水広場に早めに到着した彼女は少々浮足立ちながら待ち、時間通りにやってきたその彼の姿は――。

 

「お待たせ~!」

「お、お待たせ」

「……はぁぁぁ……」

 

 とてもとても深いため息をつき金髪の長い襟足を揺らす幼馴染と苦笑いで手を振る変装中ながら紫苑のポニーテールの先輩を引きずって現れた、ある意味で期待を裏切らないいつも通りの風雅遊矢であった。

 

 

【贈るモノ、キミの想い出】

 

 

「むぅぅぅぅぅぅ」

 

 口からはそんな音を、ストローからはずずずずずと音を立てて僅かに残ったミルクティーを飲むアミの頬はすっかり膨れっぱなし。

 まさか、いや本当に冷静になって考えてみればまったくもってあり得るはずもないのだが、直前まで今日は完全に二人きりだと思っていた彼女からすれば、落ち着いてみればいつも通りとはいえヒカルと狩也が同伴だったことがだいぶショックだったのだ。

 しかも肝心の遊矢は狩也を連れ、アミとヒカルをカフェテリアに置いて行ってしまう始末。

 せっかくの休日、せっかくの休暇、誘い出した張本人不在で取り残された彼女の心中たるやそれはそれはもう目の前で光景を見せつけられている先輩には荷が重い。

 

「相変わらず、ではあるんだけど悪いな。残ったのがよりにもよって俺だけだなんて」

「別にヒカルさんが気にしなくっていいんですよぅ。……いいんですもん」

「その拗ね方が一番気になるんだが……まぁいいや」

 

 じーっと顔を見たかと思えば目を背けてずずずと空になった中身を吸い上げるアミに、ヒカルの眉も八の字から戻らない。

 敬えと言ったことは一度もないがそれでもここまでぞんざいに扱われると現役のプロデュエリストとしてはちょっと傷つくところもあるのでとっとと戻ってこいこの野郎と内心で呟く。

 

「そういえば、珍しいことばっかりですね」

「なにが?」

「遊矢が私と一緒に出掛けようって言ったのもそうだし、ヒカルさんと二人っきりも、あと……托都さんがいないなって」

 

 遊矢はあんまりアミには声をかけず、今や有名人のヒカルと二人きりになるのはかつてゼウラに人質に取られた時助けられて以来、そこに托都がいないことを加えれば珍妙も重なって三重奏だ。

 しかし最後の一つに対し、ヒカルは驚くほどに冷静な表情でこんなことを言う。

 

「……あぁーアイツ。最近忙しそうなんだよな」

「忙しそうって、托都さんなにかしてるんですか」

「休みの日はいっつもどこかに出てる。しかも追いかけたら逃げる」

「追いかけてるんですか……」

「隠し事をしてるっていうのは分かってるんだよ。でもそれを大っぴらにできない事情がアイツにはある、だから逃げてる。……別に頼ればいいのにな」

 

 一息で言い切ったまま深いため息をつく。

 こう見るとどちらの方が深刻なのか、むしろ風雅の兄弟に振り回されているという点では通ずるところがあると言うべきなのか。

 

「おーい! 二人ともー!」

 

遠く、テラスの下の方から聞きなれた大声がした。

見下ろせばそこには心底嫌そうな顔をした狩也の手をひき、空いているもう片方の手を振っている遊矢の姿。どうやらほったらかしタイムがようやく終わったらしい。

 

「無駄話はそこそこにして行こうか。なんか見つけた顔だろ? アレ」

「ですね。絶対なにか見つけた顔してるし」

 

 楽し気な表情を浮かべていることから成果はあったと思うべきだろう。

 さて、ほったらかしにされたままかれこれ一時間以上待たされたその後には一体なにがあると言うのか、席を立った二人はテラスから店側を抜け、合流するべくモール内を駆けて行った。

 

 

 

 

『ということで、男女対抗デュエル大会もいよいよ大詰め!! 最後に残った抽選による一対一のガチデュエルを始めるぞー!!!』

「……」

「……」

「……はぁぁぁ……」

「いえええい!!」

 

 高々とマイクを掲げて叫ぶ司会者の声に呼応するように、周囲の盛り上がりが最高潮に達しているのをこの場にいる四人全員が肌で感じる。

 連れてこられて呆然とするヒカルと呆れが抑えられないアミ、このことを知っていたとしか思えないほどとんでもない顔をしている狩也、そして三人が纏う負の空気とは真逆にハイテンションど真ん中の遊矢。全員が全員異なる反応を見せているが、ひとつだけ言えることがあるとすればそれは彼女が代弁してくれるだろう。

 

「遊矢今までなにしてたの!?」

「い、いやぁ……色々してたんだけど、なんか面白そうなことしてんなって思って……」

「これは、俺でも"ない"かな、引くわ……」

「ヒカルもそんな顔でマジトーン出すなよ! ホント! ホントにたまたま見つけただけであって、抽選の番号もらうのに30分かかったわけじゃないんだよ!」

「半分!!」

 

 自白通り、狩也を伴ってモールへ出ていった遊矢は色々を見て回っている間にショッピングモール内で行われていた「男女対抗デュエル大会」といういたって一般的なデュエル大会にエンカウント。興味を惹かれた遊矢は参加を熱望したが大会はすでにほとんどの予定を終えており、残っていたのは大会の締めとして数十分後に行われる抽選形式で選ばれた二人によるデュエルのみであった。

 大急ぎで飛びついたところを鷲掴みにした狩也の「お前は馬鹿か!?」を片耳から聞き流し、とりあえず全員巻き込んで抽選を申し込もうとしたはいいものの、何故か申し込みの列が殺到し、結果として30分もかかってしまった――ということらしい。

 目を逸らしながら弁解した遊矢の表情には反省という文字はなさげである。……これもまたいつも通りではあるのだが。

「というか俺まで抽選番号に入れるとかなに考えてるんだ。今日は替えのデッキ持ってきてないんだぞ」
「ほんとすいません、もっと俺が止めてれば……」

「あっそれはほんとごめん。いやでもヒカルもたまにはこういう気の軽めなデュエルとかどうかなって思ったりとか」

「遊矢」

「すんません」

 

 現在では海外のみならず国内でも活躍し、プロのデュエルを観るのであれば知らぬ人間はいないとも言われるほどの朽祈ヒカルがデッキもわざわざ変装までしているのにデッキを変えずに大会に出てしまえばその唯一無二性から正体を暴かれてしまう。

 逆に言えばそれを一番理解している遊矢がそんな間の抜けた行動に出るのは随分と不自然なことだ。さすがのヒカルもため息が隠せない。

 しかしそれで遊矢を咎めるのも今この状況では相応しくない。とりあえず呼ばれても応えられないような場所まで移動するのが先決だ。

 ――と、ヒカルが遊矢の腕を強引に掴んだその瞬間。

 

「あ、あれ? ホロフォン鳴ってる」

「え、それって」

「あっ俺も」

「ちょっと待て」

 

 遊矢とアミの手元でホログラムフォンがなにやら通知音を鳴らしている。

 不思議そうに見ているアミに対し、遊矢は嬉しそうに、そして狩也の反応からしてこれは間違いなく――。

 

『さぁこれが抽選の結果だー!! 今ホログラムフォンが鳴った二人! そこの君たちがこのデュエルで戦う二人だぜ!』

 

 司会者の説明がなくとも表示には「当選おめでとうございます」と出ている。

 要はこの30分かかって四人分もぎ取ってきた抽選の栄えある選ばれし二人のデュエリストが遊矢とアミということである。

 

「ちょ、ちょっと遊矢と、デュエルするの!? 私が!?」

「俺がアミとデュエルするのか!? 大丈夫? 俺が本気出したらワンターンキルとかしちゃうんじゃねえか?」

「本気なんて出さないで……一体何年ぶりだと思ってるの……」

「じゃ、じゃあエクシーズ召喚禁止とか」

「それは逆にやりすぎでは」

「なんかちょっとカチンと来た」

 

 二人はデュエリストなので状況を自然に受け入れてしまっているが、今一度遊矢とアミの関係を確認しよう。

 幼馴染であり、今や半分同棲状態の関係。ただし恋人ではない。これが人間関係的な意味合いの基本情報。

 ではデュエリストとしての二人はどうなのか。

 遊矢は言わずもがな世界を幾度となく救い、その身に装甲の力を、そして翼の力を宿した"奇跡"を成す者。つまるところ規格外の実力の持ち主、一デュエリストとして推し量ることなど到底ままならないレベルの存在だ。

 一方でアミ。アミの方も超常と言える力を持ったカードを操る実力者ではある。まだ遊矢が鏡を倒す前だったのなら彼女も実力で劣ってはいなかった。しかし翼の力を手繰り、絆による機能拡張で四つのフリューゲルアーツを起動しての決戦状態に持ち込める遊矢を相手取るには彼女はまだ人間過ぎる。

 尤も、彼もこんなところでフリューゲルアーツを全開放することはないだろうし、多少手は抜くだろう。それでもだ。主力として使用するカードの性能に差がありすぎる。

 この圧倒的な実力差に付け加える更なる要素があるとすれば、二人が対峙してデュエルをするのは学園の行事で行われたタッグデュエル大会以来、約四年ぶり。二人だけでデュエルしたのも、思えば五年近く前のことだった。

 以上。確認終了。

 

「どうするのよ遊矢!」

「えぇ……こういう機会がないとデュエルすることもないし、正直俺はアミの本気が見たいんだけど」

「本気って」

「頑張れアミ! やればできる!」

「その応援の仕方はあんまりよくないかな!」

 

 遊矢のナチュラル煽りセンスに少々カチンときながらも、ここまで騒いでしまえば周囲に集まっている抽選漏れの皆様や観戦に来た皆様の盛り上がりも跳ね上がってしまっている。

 これで辞退しますとは言えない、というか言いたくないのがアミの本音。顰蹙がとかではなくシンプルに羞恥に耐えられない。

 やるしか、ないらしい。

 

「アミ、もしダメそうなら俺が……」

「ありがとう狩也くん、でも大丈夫。私、やるわ」

「お、おう」

「それで遊矢をボコボコしてくるから!」

「そ、そっかぁ。がんばれ、がんばれー」

 

 微妙にナメられていることだとか一時間放置されていたことだとかアミにもたまりにたまった不満がある。解消するのならここはやっぱりがつんと一回本気でデュエルをしてみるのも悪くないとアミは思う。 

 

「遊矢」

「ん? なんだよ、ヒカル」

「帰ったらちゃんとアミに謝っとけよ」

「え? なんで?」

「そういうところをだぞ」

 

 自覚がないとはなんと恐ろしいことだろうか。

 とにかく二人は顔を見合わせながら仕方なし半分、やる気半分で特設されたデュエルフィールドに上がる。

 思えばあれから随分経ってデュエルディスクも、ARデュエルシステムも大きく様変わりを遂げた。二人のデュエルも同じくらい大きな変化があるのなら、あるいはありえない結末もありえるかもしれない。

 

『さぁ二人とも準備はいいか? デュエル開始だー!!』

 

 司会者が今日雄たけびを上げる。

 

「行くぞ、アミ!」

「こっちこそ、遊矢!」

 

 エメラルドと純白が輝く遊矢のデュエルディスクと、アミのデュエルディスクが展開される。

 ARビジョンは一帯を包み、そしてこの世界は一瞬にしてデュエルの光景を映し出すひとつの世界となった。

 

「「デュエル!」」

《YUYA LP:4000》

《AMI LP:4000》

 

「先攻は私! 私は手札から、魔法カード《閃光獣の共振》を発動! 手札にある閃光獣と名の付くモンスターを一枚公開し、そのモンスターと同名のモンスターをすべてデッキから墓地に送るわ。私が選ぶのは《閃光獣 ユニコーン》! これでデッキから二枚のユニコーンを墓地に!」

 

 デュエルモンスターズのルール上、例外を除けば同名のカードは三枚までデッキに入れることができる。

 アミの使用する【閃光獣】のカテゴリーはその例外と別の例外にははみ出さない普通のカテゴリーなので、同名のカードが入っている可能性は全然あり得ることだ。むしろコンボを組む前提で複数枚をデッキに投入する人間も少なくはない。
 

「墓地のユニコーンの効果! 手札かデッキにユニコーンがいるなら、このモンスターを特殊召喚できるわ! 私は墓地から《閃光獣 ユニコーン》二体を特殊召喚し、手札のもう一枚も通常召喚!」

《ATK:500/Level:3》

 

「レベル3のモンスターを三体か」

「張り切ってるなぁ、あれは」

 

 《閃光獣 ユニコーン》は攻撃力が500しかないモンスターだが、こうしてレベル3のモンスター三体として揃えることができれば別のモンスターを呼ぶひとつの方法へと変化する。

 

「レベル3のユニコーン三体でオーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚! 来て、《閃光獣 トライ・ペガサス》!」

《ATK:2100/Rank:3/ORU:3》

 

 同レベルモンスターを揃えることで可能となる「エクシーズ召喚」。そしてその召喚法で呼び出すのは黒いモンスターカードである「モンスターエクシーズ」。この街で最も扱われているのはこの召喚方法だろう。

 決して簡単な召喚方法ではないはずだが、彼女や遊矢くらいインフレが進んでいれば一ターン目で呼び出すことなんて造作もない。

 初手でいきなりのエクシーズ召喚に観客は大盛り上がり。

 ……あまり盛り上がられてしまうとアミは恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないけれど。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド……」

《Hand:2/M&T:1》

 

「なに照れてんだよー、今更だぞー」

「今更だからよ!」

 

 次は遊矢の番だ。

 エクシーズ召喚を決められた上に伏せカードが一枚ある状態でターンを渡されたのはさすがアミと言わざるを得ないが、それで困ってしまうほど風雅遊矢は甘いデュエリストではない。むしろ、その方が本気を感じて燃え上がるというものだ。

 

「俺のターン!」

 

 まずは手札の確認。

 ドローカードも合わせてどこまでコンボが組めるのかを数手先まで読み解く。

 

「俺は《Ss-疾風のカーツ》を召喚! コイツは召喚に成功した時、デッキから【Ss(スカイソニッカー)】と名の付くレベル4以下のモンスターを手札に加えることができる。そしてデッキから手札に加えた《Ss-重ね刃のソルジャー》の効果で、手札の《Ss-ワンダー・ガードナー》を墓地に送って特殊召喚! ただし、この効果で召喚した重ね刃のソルジャーはエンドフェイズに破壊される」

《ATK:1400/Level:4》

《ATK:1500/Level:4》

 

 それでもレベル4のモンスターを二体揃えている。エンドフェイズを待たずとも遊矢は次の手を打つことができるだろう。

 

「レベル4の疾風のカーツと重ね刃のソルジャーでオーバーレイ! エクシーズ召喚、来い! 風鳴る真空の剣士《Ss-エア・ストリームソード》!」

《ATK;2100/Rank:4/ORU:2》

 

 遊矢が使うデッキ【Ss(スカイソニッカー)】は主にレベル4を主軸とし、召喚と特殊召喚を繰り返すことでより速くエクシーズ召喚を行うことに特化したカテゴリーだ。

 まさに風のごとく、それでいて危機回避の手練手管も備えた効果の数々はただの高速召喚デッキと侮ることはできない。

 

「手札から装備魔法《フローライトの輝き》を発動、エア・ストリームソードに装備! これによりエア・ストリームソードのオーバーレイユニットをすべて墓地に送る代わりに、一つにつき攻撃力を800アップさせる!」

「エア・ストリームソードのオーバーレイユニットの数は2つだから、攻撃力は1600上がる……」

「そういうこと!」

《ATK:3700/ORU:0》

 

 しかし、エア・ストリームソードを召喚したのなら、それを素材にすることで呼び出せる《希望騎士 ホープ・オブ・ソード》の効果を使用するだけで《フローライトの輝き》と同様の効果を得ることができる上、オーバーレイユニットを無駄に墓地に送ることなくトライ・ペガサスを相手取ることができる。

 何故それを分かっている遊矢がわざわざこっちを選んだのか。

 アミが考えるべきはそこだ。あの大馬鹿がこんな回りくどい方法を取るなんて、なにか隠してますと言っているようなものだ。

 

「バトル! エア・ストリームソードでトライ・ペガサスに攻撃! ウィンドストリーム!」

 

 目映く光に照らされるフローライトの剣が純白の翼をはためかせるペガサスに斬りかかる。

 攻撃が当たれば大ダメージ、喰らったらそのまま流れるままに負けてしまうかも――という予感がアミの中に駆け巡った。

 

「トライ・ペガサスの効果発動! 攻撃を受けた時にオーバーレイユニットを一つ使って、トライ・ペガサスの攻撃力分相手の攻撃力を下げる!」

「ええええ!?」

《ORU:2》

《ATK:1600》

 

 効果によって上がった攻撃力である1600を残し、元々の攻撃力2100はあっという間に削られた。

 

「ホープ・オブ・ソードの効果の対策で呼んだのか。アミはよく見てるな」

「遊矢かれすれば裏を掻くつもりのエア・ストリームソードだったかもしれねえけどあれじゃダメだろ、あの馬鹿」

 

 これでアミの形勢逆転。

 ……ではあるが、バトル中に効果が発動したことによってバトルそのものは一旦巻き戻しとなり、遊矢には引き続き続行するかここでバトルフェイズを終了するかを選択することができる。

 手札に攻撃力を逆転させられる効果を持ったカードはないし、現状トライ・ペガサスを突破することはできない。

 それなら今は我慢の時だ。

 

「さっすがアミ、慶太だったら突破できたんだけどな」

「今の慶太くんが聞いたら怒るんじゃないの?」

「ま、聞いてないから大丈夫大丈夫」

 

 どこかで「ヘッッブシィ!!」という強烈なくしゃみが鳴り響いたのはここだけの話としておく。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド!」

《Hand:1/M&T:2》

 

 お互いに伏せカードが一枚ずつ、フィールドにはモンスターエクシーズ一体ずつ。ダメージはなく今のところはどちらが優勢とも言えない状況だろう。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 そうした状況で自身のターンを迎えたのはアミ。

 同じような状態ではあるが、攻撃力で勝っているのは意外にもトライ・ペガサスの方。オーバーレイユニットも失われているので倒すのなら今だ。

 

「手札から《閃光獣招集》を発動! 墓地の閃光獣モンスター一体をゲームから除外、デッキから閃光獣と名の付く同名のモンスター二体を手札に加える! 墓地のユニコーンを除外して、《閃光獣 メリュジーヌ》を二体手札に加えるわ!」

「更にモンスターを増やして!」

「そう! 罠カード《瞬きの集い》を発動! 自分のフィールドに【閃光獣】のモンスターエクシーズが存在する時、手札にある【閃光獣】と名の付くレベル4以下のモンスターを可能な限り特殊召喚する!」

 

 アミの手札はスタンバイフェイズの時点で3枚、そこから《閃光獣招集》を発動して二枚のメリュジーヌを手札に加えている。

 今把握している手札にある【閃光獣】はその二体だけだが、まだ見せていない残りの手札にもしもいるとすれば更にフィールドのモンスターの数を増やされてしまう。

 

「手札の《閃光獣 メリュジーヌ》二体と《閃光獣 アルミラージ》一体を特殊召喚! 来て!」

《ATK:100/Level:4》

《ATK:0/Level:1》

 

 現れたのは美しい水の精と兎の姿をした一角獣。

 五つのモンスターゾーンの内四つが埋められた光景は中々に壮観だ。

 

「一気にモンスターを揃えて!」

「……変だな」

「変?」

 

 観客席は十分に盛り上がり、観ているだけの狩也も随分とテンションが上がってきている一方でヒカルは冷静に、なによりも不思議そうにそのデュエルを観察していた。

 

「なんで、エースモンスターを使わないんだ……?」

 

 どうして? 決まっている。

 自分の知っている遊矢とも、自分の僅かに知るアミとも違うそのデュエルの中身に、彼はどうしようもなく違和感を覚えたのだ。

 

「レベル4のメリュジーヌ二体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 現れて、《閃光獣 タラスク》!」

《ATK:2400/Rank:4/ORU:2》

 

「懐かしいなそれ! 昔はよくそいつにやられたっけ」

「でしょ? 今日もこれで決めてあげるから!」

「おう! やれるモンなら!」

 

 中学一年生のあの時、今思えばたった一枚のカードを受け取っただけのあの日から遊矢は大きく変わった。

 それまではアミにも慶太にも常に勝ち星を挙げることはできず、特に頭もよく観察力も優れているアミにはコテンパンにされたことはよく覚えている。

 その時と今は違う。でも、アミがこうして過去の遊矢が苦手としてきたモンスターを呼んだのは遊矢が望んだ「本気」のほんの一端をお披露目しているのと同じ意味なのだ。

 なら全霊で応えるしか彼にはできないじゃないか。

 

「タラスクの効果! オーバーレイユニットを一つ使って、相手のフィールドの表側表示のカード一枚破壊する! 私は《フローライトの輝き》を選択、イグニスブラスト!」

《ORU:1》

 

「装備魔法が!」

「これで攻撃力も0ね!」

《ATK:0》

 

「墓地にワンダー・ガードナーがいることを警戒して装備魔法の方を破壊したのか」

「なんというか、遊矢のヤツ、本気出さないとか言ってる場合じゃなくなってないですかこれ」

 

 遊矢の墓地にある《Ss-ワンダー・ガードナー》はプレイヤーがダイレクトアタックを受けた時に特殊召喚され、なおかつバトルを強制終了させる強力な効果を持っている。

 だがそれもダイレクトアタックさえしなければ発動しない。

 わざわざアミが表側表示カードの選択で《フローライトの輝き》を選んだのかはこれに対する対策だ。どうせエア・ストリームソードの攻撃力は0になるのだからやることは変わらない。

 

「これで勝負よ! タラスクでエア・ストリームソードを攻撃!」

「甘いぜアミ! 罠カード《オーバーレイ・エクシーズゲート》を発動! 自分のフィールドのモンスターエクシーズにオーバーレイユニットがない時、このカードをオーバーレイユニットとして扱うことができる! これでエア・ストリームソードの効果が発動できる! 1ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使うことでこのターン戦闘では破壊されずエア・ストリームソードが対象となるバトルのダメージも半分になる! ッ!」

《YUYA LP:2800》

 

「凌いだ!」

「でもまだ! 今度はトライ・ペガサスで攻撃よ!」

「だ、だよなぁ……」

 

 実のところ、《フローライトの輝き》は破壊することでオーバーレイユニットの代わりにできるという効果もあったのだが破壊されてしまったので使い物にならず、結果的に予備で伏せていた《オーバーレイ・エクシーズゲート》を使う羽目になったのである――とは口では中々言えなかった。

 

《YUYA LP:1750》

 

「ドンドン行くわよ! アルミラージの効果発動! このモンスターと、フィールドに存在する別の【閃光獣】一体を墓地に送り、このターン与えたダメージをもう一度与える!」

「冗談!!」

「冗談じゃなくて本当! いっけー!!」

 

 対象になったのはアルミラージとタラスクの二体。効果の発動条件は満たしている。

 遊矢がこのターン食らったのはタラスクとトライ・ペガサスの二体によるバトルのダメージ2250。それがもう一度来るということは――。

 

「遊矢負けるのかよ!!」

「すごいな、アミ……」

「ヒカルさんも関心ばっかりしてないであの馬鹿になんとか言ってやってください!」

「遊矢ー負けたらシュークリームおごりな」

「そういう焚き付け方!?」

 

 一切他人事なのでむしろ楽しむ側に徹しているヒカルから声援(?)が飛び、遊矢の表情が僅かにほころんだ。

 

「だったら負けられねえな! 手札から《Ss-ワンダー・セラピスト》をデッキに戻し、ワンダー・セラピストの攻撃力1000分の効果ダメージを無効にする!」

《YUYA LP:500》

 

「そしてデッキから【Ss】一体を選択して手札に加える!」

 

 効果ダメージを軽減し、なおかつ別の【Ss】モンスターを手札に呼び込む強力な効果によって遊矢はギリギリのところで踏みとどまった。

 それでもライフが一ミリたりとも減っていないアミと比べれば雲泥の差ではあるが。

 

「残念、勝てたと思ったのに」

「勝負は甘くないんだぜ、アミ」

「む……その言い方、なんかムカッときた」

「あっ……えぇっと、まぁ、そういうことで……」

「いいわよ。絶対勝つもん。カードを一枚伏せてターンエンドよ」

《Hand:0/M&T:1》

 

 アミの手札は使い切られたが伏せカードがまた一枚。しかもフィールドにはオーバーレイユニットが二つ残った状態のトライ・ペガサスが健在。

 ぶっちゃけたところ、今から逆転しようと思ったら結構大変なのではなかろうか。

 

「ねえ遊矢」

「んだよ」

「私も遊矢の本気、見たいな~って」

「十分全力なんだけど!?」

「もっとよもっと! ね、やれるでしょ?」

「……まぁ、うん。そうだよな」

 

 本気を出さないでなんてアミは最初にそんなことを言ったけど、本当はそんなこと思ってなんかいない。

 だってアミは遊矢を一番近くで見守ってきた。彼のことを誰よりも理解していると思いたい、でもあれからずっと彼の前に立つことだけはなかったのだ。

 それでこんな機会に恵まれたなら、いっそのこと本気をこの特等席で見守りたいと思うのはデュエリストとして当然の心理ではなかろうか。

 

「んじゃあ、人様に見せても困らない範囲の本気で行くぜ!」

 

 ――それはそれとして、フリューゲルアーツもアーマードも他人には決して見せられないのだけど。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 遊矢の手札もこのドローで一枚になった。すべては手札次第で決まる。

 

「エア・ストリームソードを素材に、エア・ストリームエクシーズチェンジ!! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築、現れろ!  希望を駆ける風の騎士《希望騎士 ホープ・オブ・ソード》!」

《ATK:2500/Rank;4/ORU:1》

 

 機械の翼を得た白き騎士の姿がモニュメントを砕いて現れる。それはナンバーズでありながらナンバーズではないという証。

 これが遊矢の切り札、託された希望の剣《希望騎士 ホープ・オブ・ソード》だ。
 

「手札から魔法カード《ホープ・コール》を発動! 自分のフィールドにホープと名の付くモンスターエクシーズが存在する時、エクストラデッキからホープと名の付く同じランクのモンスターエクシーズを特殊召喚する! 来い、希望の使者《No.39 希望皇ホープ》!!」

《ATK:2500/Rank;4/ORU:0》

 

「これでホープが二体!」

「あぁそうだぜ! これが俺の本気だ、ちゃんと受け止めてくれよ!」

 

 しかし待ってほしい。

 モンスターエクシーズはたとえ同じランクを持とうがそれはレベルではない。あくまでもランクという概念だ。ランクを揃えてもモンスターエクシーズを呼び出すことはできない。――それが従来の考えだ。

 ところが遊矢は違う。

 彼は、同じランクを二体揃えたことに意味を持たせることができる奇跡の体現者だ。

 

「ランク4のホープ・オブ・ソードと希望皇ホープでレギオンエクシーズチェンジ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!」

 

 同ランク同士によるエクシーズ召喚。まったく新しく、それでいて遊矢にとってはなじみ深い強烈は観客の度肝を抜く。

 

「希望は絶えず揺るがない。剣士の刃をその身に宿し、希望皇は生まれ変わる! はばたけ未來、限界突破だ! 現れろ! 《No.39 希望剣皇ホープ・ブレード》!」

《ATK:2500/Rank:4/ORU:2》

 

「ホープ・ブレード! でも、その効果じゃトライ・ペガサスは超えられないでしょ!」

「そう思うよな! でも超えられるんだぜ! ホープ・ブレードでトライ・ペガサスを攻撃!」

 

 無謀だ。トライ・ペガサスの効果で攻撃力を削られれば再び返り討ちに遭う。それでバトルを中断したとしても遊矢には手札がなく、攻撃力が減少したホープ・ブレードだけが残される結果になり敗北する。

 

「この瞬間、ホープ・ブレードのオーバーレイユニットをひとつ使い、希望皇ホープの効果を発動!」

《ORU:1》

 

「もしかして、素材にしたモンスターの効果を使えるの!?」

「そういうこと! ホープの効果で攻撃を無効、そしてホープ・ブレードの効果を発動! バトルでダメージを与えられなかった時、オーバーレイユニットを一つ使って攻撃力を二倍にしてバトルを行う!」

《ATK:5000/ORU:0》

 

 希望皇ホープと言えば攻撃を無力化する「ムーンバリア」。それを応用した《ダブル・アップ・チャンス》による攻撃力を引き上げての一撃。

 そしてレギオンエクシーズとしてその能力を受け継いだホープ・ブレードはそのコンボそのものを内蔵し、一撃必殺の機会を遊矢に与えるとんでもないパワーカードと化した。

 これがフィニッシャーチャージ。遊矢ともう一人が残した最上の一撃だ。

 

「罠カード《獣族の守護》を発動! 自分のフィールドの獣族モンスターエクシーズがバトルの対象になった時、オーバーレイユニットをすべて墓地に送ってその攻撃を無効にしモンスターの攻撃力を倍にする!」

《ATK:4200/ORU:0》

 

 トライ・ペガサスの効果を使っても意味がない、完全に突破される。それならオーバーレイユニットを捨てて次のターンで確実に倒す方向を選ぶ。

 ホープ・ブレードのフィニッシャーチャージはこのターンのエンドフェイズまでに限られ、次のターンには攻撃力を倍にしたトライ・ペガサスの攻撃を喰らって遊矢の敗北だ。

 

「墓地の、《ホープ・コール》の効果発動! このカードと墓地のホープと名の付くモンスタ―一体をゲームから除外し、デッキもしくは手札から《ダブル・アップ・チャンス》を発動する!」

「デッキから、《ダブル・アップ・チャンス》を使うなんて!」

 

 どこまでも希望は絶えることなく揺らぐことすらなく、何度でも何度でも攻撃のチャンスは舞い込んでくる。

 それは遊矢が諦めない限りであり、それこそが風雅遊矢の本領――いわば「本気」なのだ。

 

《ATK:10000》

 

「バトル! ホープ・ブレードで《閃光獣 トライ・ペガサス》を攻撃! シャイニングホープソード!!」

 

 力を増した希望の剣が今度こそ純白のペガサスを討たんとその刃を神々しいほどに煌めかせ、ついに両断に至る。

 攻撃力が倍になっても4200のトライ・ペガサスには10000という暴力的な数値に届くわけもなく、同時に今まで一度も削られていなかったアミのライフポイントも守りきることは叶わない。

 これで、遊矢の勝ちだ。

 

「きゃああっ!!」

《AMI LP:0》

 

《WINNER:YUYA KAZEMIYA》

 

 

 

 

 ――と、いうことで大絶賛に終わったデュエル大会を締めたのは大人気も礼儀もなくただただ全力と本気で勝ちに行った遊矢と、負けても少し嬉しそうだったアミの握手だった。

 その後遊矢は勝利者としてなにやら景品らしきものを受け取っていたが、なぜかそこは狩也がアミを連れ出してしまって見ることは叶わなかったため、またもやアミがふくれっ面になる原因になったのだがそれはそれ。

 結局一日中いつも通りの遊矢に連れまわされ、気がつけば陽は落ちて町はすっかり夜の雰囲気を迎えていた。

 色々と騒いでしまいすっかり疲れたヒカルを連れて狩也は早々に退散し、どうせなら今日のデュエルの反省会をしようなんて言い出したアミに連れられて遊矢は二人で家路についている。

 

「楽しかった?」

「あぁ! そのあとの飯も旨かったし、みんなであんな風に遊びに行くのも本当に久しぶりだったからもう楽しくて楽しくて!」

「それならほったらかしにされた甲斐も少しはあったかな」

「あ、えっとぉ……その件は、はい、反省してます」

 

 深々と頭を下げる遊矢は今度こそ反省の色を見せている。これは本当に申し訳ないと思っているときの遊矢だ。

 

「でも、遊矢が楽しいかったんなら私も嬉しいから」

「アミ……」

「だから今度はちゃんと私も連れて行ってよね! 二人で、デートしよ!」

「で、でーと? でーと……お、おう」

 

 なぜデートという単語だけやけにカタコトなのかすごく気になるが気にしても仕方ない。

 困った遊矢を置いてアミが先を歩き出す。

 

 そして。

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 後ろから肩を掴んだ遊矢が呼び止める。

 

「どうしたの……帰るんじゃなかったの?」

「そうなんだけど、そうなんだけどさ……えっと、これ」

 

 懐からなにか小さな白い箱のようなものを取り出し、アミに差し出してくる。

 大きさからしてカードが入っているというわけではなさそうだが、もしかしてアミが買い物したものを落としたとかだろうか。いやまさか。

 

「開けていいの?」

「うん」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 蓋はなんの抵抗もなく開いた。

 その中にあったのは――――。

 

「これ……え?」

 

 小さなピンク色の宝石が埋め込まれた、ハートの形をした金色のネックレス。……形状としてはペンダントといった方がいいかもしれない。

 

「実は、今日、つーかこの間からずっと考えてて! 俺よくわかんないからみんなに頼ったりしたんだけど全然思いつかなくて! あの抽選デュエルで勝ったらこれがもらえるって聞いて、これだって!」

「え、っと、つまりこれは……」

「誕生日、俺のことはあんなに祝ってくれたのにアミの時に限って俺なんにもできなかったから、これ。これでよかったら誕生日プレゼントってことにしても、いいかなって」

 

 アミの誕生日、遊矢は風雅宗家に呼ばれて大慌てでいなくなってしまった。彼女の誕生日会を祝う約束もしていたけど、それ以上に重大な出来事を聞かされてそんなことをすっかり忘れてしまっていた。

 思い出したのはほんの二日前。気持ちの整理がついて、やっと頭の中に浮かんできた。

 去年、あれだけ盛大に祝ってもらって、しかもその後も、彼女には気付かされることばかりだったのに。

 仲間たちにアミならどんなものをほしがるのか、どんなものを嬉しく思うのかと聞いて回ったが、どれも大した答えが得られない。

 ご覧の通り、デュエルのことしか分からないデュエル馬鹿だから女の子の気持ちなんてのも一体分かっちゃいないので、なんか理解がありそうなヒカルに頼ったり、雪那とお付き合いして長い狩也に手伝ってもらった。

 けどなにも思いつかなかったのだ。

 当然だろう。仲間たちは「お前がいれば十分だと思う」なんて言うんだから。

 仕方なくアミにも同行してもらって、それとなく好きそうなものを探ろうとも思ったけど結局狩也を連れまわして色々な場所を見に行くことくらいしかできなかった。

 そうした過程を踏んで見つけたのがあのデュエル大会。本当はジューンブライドとやらに関連するイベントだったらしいが遊矢にとってはそんなこと分かるはずもなく、各セクションで勝利者がもらえるというネックレスの方に目が行って、あれならアミもほしがるかななんて思ってしまったのだ。


「誕生日おめでと、いつもありがと。あと、アミがいてくれて俺も嬉しい」

 

 生まれてきてくれたことが嬉しいんだよ――と、彼女はそう言ってくれた。

 だから今度は遊矢が伝える番。

 そして、アミが応える番でもある。

 

「……ありがとう。ずっと、ずっと大事にするね」

 

 

 これが、最後の始まりに至るまでのお話。

 いつもは世界を救う正義の味方かもしれない。けど今日、今日だけは他の誰でもないキミだけに。

 

 

 

 

 

【END】