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第4話「萌芽」



雲から月が覗く夜。

此処は『彼ら』の時代から遥か昔。
未だ汚れを知らない優しさでできた山中の村。


「あのねあのねお兄さま!今日はとっても良いことがあったのよ!」

狭い民家の一画を占拠している大きいベッドの中で、ホットミルクを啜りながら少女が楽しげに語りかける。
兄と呼ばれたその人は自分の分のミルクを淹れて椅子に腰かけると、少女と同じく笑顔で返事を返した。

「へえ、どんな良いことだい?」
「隣のおうちのミッシェルがね、今度ケーキを焼いてくれるの!お兄さまとわたしの分!」
「そうか。ミッシェルさんの焼くケーキは村じゃ評判だからな」

小さな村の中ではなにか突出した特技を持つ者が全体から称賛されることはよくあること。
ミッシェルという人物の場合はケーキを作ることが得意らしく、一日歩いて漸く辿り着ける町にある高級なケーキに負けないくらい美味しいと村中で高い評価を得ている。

「はやく元気になりますように!っておまじないをかけてくれるんだって!」
「…そうか」

こうした会話だけを見れば快活そうな少女だが、彼女は生まれつき難病を抱えている。
現代ならきっと治せるものだ。しかしこの時代の、しかもこの山奥の村ではやれることなど限られている。
両親は他界し兄が一人で働き妹の面倒を見ている。
少女ができるだけ明るく振る舞っているのも、いつも世話をしてくれる兄のためなのかもしれない。

「もう遅い、俺は部屋に戻るけど、一人で眠れるかい?」
「えぇー!お兄さまと一緒に寝たい!」
「こーら無理言わない。代わりに明日はセーラが好きなシチューを作るから」
「ホントに!?」
「あぁ」
「約束よ!絶対の絶対に!」

小指と小指を繋げて指切りげんまん。

星の流れる夜の村の小さな約束だった。


~~~


太陽が沈みきり月が昇った頃、人の温かさを失った家に戻ってきた。
戻ってきたとはいっても、家主はいない。
たった一日明けただけなのに何故ここまで状況は変わってしまったのか。

『アナタさえいなければッ!!』

「ッ…!!」

突き刺すような少女の罵倒が耳に残って脳内を領域侵犯してゆく。

話は数時間前、新たな敵の出現に伴う情報交換の際に現れた白い髪の少女。
「レッカ」と名乗った少女は病室にヒールを鳴らして踏み入ると、まずヒカルに対し散々罵倒を繰り返した。
「ヒカルがあの家に行く話を持ち出さなければこうはならなかった」
「全ては不甲斐なさの自覚ができていないヒカルのせいだ」
と、部分的に正論が挟まっている分、ヒカルの心はナイフを本当に刺したかのようにボロボロにされてしまった。

遊矢や狩也、更にはリンが「予測できない事態」であったことを説明し、最終的にはリンが文字通り黙らせたおかげでそれ以上はなかった。
だがヒカルがその場で口を開くこともなかった。

遊矢たちに囲まれとにかく自宅に戻ることになったが、一緒に居ようという提案を振り払い、こうして一人暗い部屋の中でうちひしがれていた。

「全部、全部俺の責任だ」

ベッドで寝ない癖がついてしまっている托都がいつも寝ているふんわりとした黒いソファーに腰掛けて、そのまま体を横たえた。

なにもする気が起きない。
なにかを考えることもままならない。

覚悟を決めてもなお辛かった2年前の消滅よりもっと心に痛みをもたらす別れ。

無感情なまま流れる涙を止める誰かがいない。

「全部…っ…なにもかも…、俺が、いなかったら……っ」

一人呟く声は静寂に融けて意識ごと沈む。

暗闇に紛れてひとつ風がその場から立ち去った。


~~~


「どうだった、先輩」
「声はかけられそうもない」

様子見から戻った遊矢のため息の大きさで分かっていたが、実際の凹みようは尋常ではないようだ。
狩也がチラリと見た先、悪びれなくレッカが冷たいお茶を啜っている。

「…それで、どうやって責任取るつもりだ?」
「私に落ち度はありません。それにあの人が落ち込んだところで関係ないです」
「あのなぁ…先輩が一番ショック受けてるんだ、追い詰めたらあの人はとことん沈むからな」
「狩也、いつの間にヒカルのことそんな」
「いいだろ今は」

遊矢が覚えている記憶の範囲内で、ヒカルと狩也の関係性が深く進行していた覚えはない。
が、狩也はうんうん頷きながら先輩は~と言っている。
というか、狩也はいつからヒカルを先輩と呼ぶようになったのかすら分からない。

ぷいっとそっぽ向いたレッカの前にアミがクッキー生地と白いチーズが美味しそうなレアチーズケーキを差し出して、その隣に座った。

「レッカちゃん、だったよね。私アミ、よろしく」
「ええ、よろしくお願いします。…あれ?」
「どうしたの?」

握手したままじーっとアミの目から視線を逸らさないレッカとそのままじーっと見つめられているアミ。
なんとも言えないシュールな光景だ。

「どこかで会ったような…初めて会った気がしません…」
「うーん、不思議なこともあるわね」
「まるで平行世界のようなイリュージョンです」

外野の二人からしたら言っていることがさっぱり分からない。とにかくレッカはアミに見覚えがある、らしい。

「しかし、あんなことほざいたからにはお前にはなにかあるってことだよな」
「さっすが岸岬狩也、勘だけは鋭いですね」
「勘だけはってなんだよ勘だけはって!」
「落ち着け狩也!話にならねえから!!」

チーズケーキを頬張りお茶を流し込んだ後、レッカは姿勢を正してから話を始めた。

「まず私は、彼ら…リコードイミテーションを裏切り、ハートランドにやってきました」
「リコードイミテーションを、裏切った!?」
「はい」

つまりレッカはリコードイミテーションの一員だった、と言っているのだ。
狩也が思わず一歩後ろに下がり、フリューゲルアーツとデュエルディスクを構えかけたのを遊矢は左手でそっと動きを止めた。
まだ様子見、ということか。

「組織は、神への復讐を望み、白き概念神の転生を狙っていました」
「白き概念神?どういうこと?」
「概念神とは、人間や生物が持つ概念が魂を持つことで生まれる存在。白き神の場合、司る概念は『復讐』」

神への復讐とはまた大きく出たものだ。
だが、アダムとイヴと名乗る二人組ともなれば、旧約聖書に準えて神々になんらかの思惑を持っていたとしてもおかしくはない。
ましてや彼らは楽園を追放され、罪と罰を得た。それらは現在の人間にも継承されている。
その軛から解き放たれれば、人間の世は大きな様変わりを遂げるだろう。
尤もそれが良い意味で変わるとは限らないが。

そして、復讐の足掛かりとしてまずは『復讐』の概念そのものへの協力を仰がんとしている。
本来そんなことはありえない話だが、錬金術を扱うような人間がまともな道理と思考を持ち合わせているはずがない。

「概念神に関する詳しい話は私にもよく分かりません。恐らく、アダムとイヴのみが知るところなのでしょう」
「じゃあ托都は…」
「彼は人外、いえ…半神の人間です。神を呼び覚ますためには、神を生贄にする必要があるのかもしれない」

神を生贄に神を呼び出す。
文面だけでも末恐ろしいことだが、それが意味するのは白き神の現世への再臨と、托都を失うということ。そんなことが起きてしまえば最早誰がなにをしても手遅れになってしまう。

「リコードイミテーションを、止めよう」
「遊矢…」
「なぁみんな、お願いがあるんだ」

遊矢から出された提案。
それにレッカを除く狩也とアミが頷いた。

「もう、ヒカルには戦わせない」


~~~


深い闇の奥底に辿り着いた。

何処か高い場所から突き落とされた感覚が身体に残っている。

「おとうさん!」

父と呼ばれたその人は返事をすることもなければ振り向くこともしなかった。
待って、という制止をも無視して歩き去る背中を小さな子は追った。

しばらくして父は漸く歩みを止めた。

「君は誰だい?」

優しげな父の笑みに悪意はない。
迷い子に語りかけるような言葉は、『父』ではなく他人の『男』のものだ。

それに言葉を返すことは叶わず、男はまた振り返り、今度は正面からやってきた赤ん坊を抱いた女と去っていった。

「ねえ」

呆然とする少年に誰かが声をかけた。
聞き覚えのある声はあの日、死にかけた自分を助けた女性とよく似ていて、期待と不安を抱えながらその名前を呼んだ。

「夜月!!」

女性は驚いていた。まるで、鳩が豆鉄砲を食らったかのように。

「ぼく、迷子になっちゃった?パパとママはどこにいるかな?」

視線を同じ位置にすべく膝を曲げて夜月は首を傾げて優しく聞いた。
名前を呼ばれたことは聞き間違えだったと言わんばかりに反応はない。

「夜月!おれだよ!わかるだろ!」
「ん…?どっかで会ったかな…。わからないなぁ、ごめんね!」

彼が知っているその人ではなかった。
女性は彼の頭を撫でて、どこかに去っていった。

「待って!!」

誰も、彼を知らない世界。

最初からいなかったことが当たり前の"真実"だと主張する世界の一端から、幼い少年は駆けていく。

誰か、誰か、気付いて

声は届かない。
いつの間にか周りを歩いていた人の群れに顔はない。少年が彼らを知らないように彼らも少年に気付くことはないのだ。

「誰か…!!」

いつしか少年は成長する。
色を失った世界の下ではその孤独を知る人はいない。
ただひたすら逃げるように走り続けて、人の波を抜けた場所に辿り着く。

そこには、

「…あぁ、そうか」

楽しそうにはしゃぐ青い髪の幼児は少年になり、あの両親や友に囲まれて成長する姿があった。
生き方もそれに伴う喜びもなにもかもがないものだった。

羨ましい、疎ましい、妬ましい

あらゆる感情が波となって心を覆う。
笑う少年の姿に息もできない苦しさを覚え、暖かな世界が遠く感じた。
呼吸ができなくなって、膝をついた。

「ね、大丈夫?」

頭上から少女のような、少年のような耳慣れた声がする。

「なんか見覚えがあるんだけどさ…えっと」

青みのある紫の髪が懐かしい彼の名前を思わず呼んだ。

「ヒカル…?」

必死に記憶を掻き出そうと目を閉じて頭を掻く。
そしてポンッと手のひらに拳を乗せてひらめいた!と子供のようにジェスチャーを示した彼は言った。

「たしか━━━!」

「ヒカル!!」

名前を確かに呼ぼうとした。
しかし誰か、快活そうな少年の声に呼ばれて彼は呼ぶことをやめてしまった。

手を振り彼を呼ぶのはやはりあの少年だった。

「あぁ、今行く!」

声をかける間もなく彼は少年の元へと消えていく。

待って、なんて言えなかった。
あの時約束したことは嘘だったのかとも責められなかった。
たった一人だけの存在すら自分には与えられないのかと、立ち上がる意思をも食い散らかして悲しみに嘆いた。

胸の苦しさを解消することも、心の痛みも癒やすことも叶わないまま彼らは日常を謳歌している。
見ていることしかできない。それらに介入することはできない。

全て、全てが少年に奪われてしまった。
大切だった一人息子はどうなった?
自分に優しくしてくれた姉のような人は?
寂しさを埋める約束は?
自分の手元にあったものは儚く、"なかったもの"として微塵も残らずに少年の手元へ。

憎らしい、憎らしい、憎らしい

あぁなりたい、そういたいなんて希望のある感情では語れるものではない。
この感情は最早嫉妬を通り越した憎悪にも似ている。
涙は出ない、それすら流すこともできないほどに、かつての怒りが奥底から溢れ出す。

━━━やはり、彼は間違ってはいなかった。

境界で出会ったもう一人の…過去の自分が抱いた"怒り"の感情。
それらを秘め事など理由をつけて奥底に押し込めておくことができるはずがなかった。
10年以上の痛みと苦しみを少年が知るまではこの炎が消えることはないのだと、ついに確信した。

「そうだ。貴様はなにが望みだ」

上から落ちる何者かの声に、またも顔を上げる。

"白い瞳"

色のない白が見下ろしている。
それを見て確信した、「あぁ、これには今思う願いを叶える力がある」と。
すぅ、と息を吸い、全てを吐き出す思いで、白い瞳に願いを吐露した。

「そうか」

なにもかもを塗りつぶす白い瞳の声はそれを好しとした。
叶える代わりに条件があると言う。

「己が罪を受け入れろ。そして━━━、その"個"を頂こう」

そんなものは大したものではない。快諾した。
近づく瞳の主は見たことがあるような姿だったが、それにも興味はなかった。
憎しみ、怒り、その感情が力を得るというのならなにもないのだから失ったところでなにも意味はない。

美しい深緑だった瞳はいつか、その色すらも失った。


━━━━━、


「…?」

一体今までなにがあったのだろうか、瞼を開けばそこは普段となんら変わらないハートランドシティだ。

「ここは…?」

あちらこちらと見回しても不審な点は見当たらない。
まるで今まで夢でも見ていたかのようだ。

「俺は、一体なにをして…」

直前までの記憶がすっぱ抜けている。
だが自分の家の位置は分かるし、もちろん自分が何者かも分かる。特に違和感のある部分はない。

夏の暑さで一瞬記憶がトんだ、なんて天外な話だがそういうことにしよう。
と、帰路についた。

町を往く人々は平和そのものだ。
楽しげな家族連れやカップル、仕事終わりのサラリーマン、友人たちと歩く学生や旅行者等々、十人十色。
暫く町を歩くこともなかった、久々に肌に感じる優しさがどこか安心感を覚えた。

その中、一際目立つ兄弟が居た。どうやら喧嘩しているらしい、どちらも小学生ほどだ。
兄は背伸びまでして弟からカードを引き離そうとしていて、その兄の行為に弟は泣きながらジャンプしている。
兄の身長と弟の身長にはだいぶ違いがあった。

『兄弟』

そのワードが胸のどこかに突っ掛かる。
だが気にするほどでもないためその場を後にした。

次いで視界に入ったのはツーリング中の男女だ。
少し年長の女性は彼女や妻と言うには様子が違う、どちらかと言われれば姉のようだ。
後ろの少年は中学生くらいか、さっきの兄に似ている気がする。とても愛らしい笑顔で話を弾ませている。
その女性を夜月、と呼んだ。

『夜月』

どこかで聞いたような名前だ。
だが芸能人かなにかの名前を聞いただけだ、きっと知らない誰かだろうとその場を後にした。

気付けば自宅の前にいる。
扉を開き、明るい室内へと足を踏み入れた。

「おかえり!」

ハッと顔を上げた瞬間、『彼』の顔が視界に入った。
なんとなくその声を聞いて安心したのか、返事を返さずにすぐにソファーに寝転がってしまった。
この香りもいつもと変わらない。

「今日はどうしたんだよ、急に飛び出して。まさか、またなにかあったのか?心配したんだからな!」
「別になにもない」
「じゃあケーキ買ってきたとか!」
「ない」
「ちぇっ」

つまらなさそうに足をバタつかせるのを見ていると、視線に気付いたのか近づいて、微笑みながら聞いてきた。

「ここに来て安心してる?」
「あぁ」
「それならよかった」

「ここに来て」が、どういう意味の問いだったか、考えることができるほど意識ははっきりしていない。
それほどに今は眠たいのだ、命のある限り眠りにつきたいほどの睡魔に意識が遠のいていく。

「もう、疲れた」

"ここならなにも起きない。平穏のまま、ただゆったりと過ごしていられる。"
"だからおやすみ。"

"ゆっくり、永く永く、永遠に。"

「ずっとここにいるから」

声は、遠い記憶のあの人のように心地良い。


━━━少し眠ろう。


まだ月が昇らない室内で静かに眠りについた。


~~~


小鳥が囀ずる音がする。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が眩しい。

ヒカルは夢の中で見たこともないような笑顔を見たような、そんな朧気な記憶の縁から現実に引き戻された。

「…朝まで寝てたのか」

握りっぱなしの手を開くと、日の光に照らされた紅く輝く宝石があった。
フリューゲルアーツ、托都が唯一残したもの。

彼は自分が日常の中にいたことを覚えていてほしいとだけ伝えて消えた。
それは彼の存在を忘れない、だが忘れてこれから生きていくことを要求したのかもしれない。
そんなことがヒカルにできるはずもないが。

「ここじゃ落ち着かないな…」

モヤついた感情が溜まっている分、外に出て気分を少しでも変えた方が良さそうだ。

最低限の準備だけして家を後にした。

…のを、影で見守る二人が居た。

「遊矢、なんだこれ」
「決まってんだろ。ヒカルを見守り隊だよ」
「昨日の今日でなにやってんだオイ」

色違い縁のお揃いの眼鏡、遊矢の方は特徴的な髪の色を隠す地味な色の帽子を被っている。
狩也のツッコミのキレがいつもより数段鋭いような入り方をしたが、傍目から見ればどっちも不審者である。

だが町行く人の目線はそんな不審人物にはない。
その先を目的もなく歩くのは普通生活していて滅多に遭遇することのない偶像世界に住む人だ。

「あのヒカルが変装もせずに町を彷徨くなんて、やっぱり…」
「…先輩」

人見知りで遠慮しがちなヒカルが人だかりに耐えるのはまず無理だ。更に付け加えると今はこんな状態、とてもじゃないが応えることも難しいはずだと遊矢は分かっていた。

遊矢がヒカルを戦わせないと言ったのは、彼の心を落ち着かせるため。
レッカの言い分も分かるがヒカルは加害者ではなく被害者だ。バカとはいえそれが分からない遊矢ではない。

「ヒカルは俺が守らなきゃ」

先を進むヒカルの背中を見つめて拳を握り固めた。

━━━━━━、

一方そのヒカル自身の話だ。

彼も自分がどこに進んでいるのか、全く分かってすらいなかった。
まず目的があって町を歩くならこんなにも足取りは重くないし、ちゃんと人目を気にして本来の姿を隠して行動する。
つまり目的地はない。あるとすればそれは夜中塵と消えたあの女の居場所だろう。

一刻も早く、托都の安否を知りたい。

「一体どこに消えたんだ…」

ぽつりと呟いて顔を上げた。
気付けば活気で溢れた街中ではなく怪しげな裏路地にいた。
どうやら歩きすぎたようだ。
キョロキョロ辺りを見回して大通りへの道を探す。
人がギリギリ通れるだろう道なら間を抜けて近道にできるはずだ、と狭い道を選んでいたその時のこと。

「あれは!」

道を抜けて消えてゆく女の姿。
濃い赤紫の長い髪は、つい二日前月明かりに照らされて夜風に流れていたあの女の髪と同じものだと確信した。

罠だろうがなんだろうが追わない手はない。
むしろ罠かどうかを考える余裕はヒカルにはなかった。

「ヒカル?」
「追うぞ遊矢。慶太たちに連絡」
「OK!!」

ヒカルの追走を見ていた二人も端末に連絡を入れ始め彼を追った。

女を追えば追うほど伝わるのは、罠の香り。
裏路地どころか古くさい工場地帯にまで誘い込まれている。間違いなく女は"わざと"ここにやってきた━━!!

「見つけた…ッ!!」

女が立ち止まった場所は円状に開けた工場の一角。

「さぁて、第二幕を開演しましょうか」

漸く互いに姿を捉えた。

夏だというのに何故か冷ややかな風が一帯を支配する。

「上等だ。こっちは二幕目どころか一幕目を上げさせる気はねえからな」

「あらまぁ強がっちゃって」

「虫の居所が悪いんだ。女だろうが誰だろうが容赦はしない」

イヴの笑みに対しヒカルの表情は険しいまま。
二色の瞳で睨んだ先にはあの夜なにもできないまま、抵抗すらままならない内に平和も居場所も奪った女がいる。冷静でいられるはずがない。
威嚇であり宣戦布告のつもりで構えたデュエルディスクの銀色が太陽光で金の色を放っている。

「いいわよ、私もそのつもりで出向いたの。未完の聖杯がほしくなっちゃってね?」

「お前が負けたらその時は分かってるだろうな」

「ええ、でも負けるはずがないでしょう?」

自信満々。
お前のような小僧に負けるものかといった様子だ。
妖しき女の余裕が果たしてどこまでのものなのか。実に愉快そうな表情を見れば見るほどにあの時の怒りが徐々に胸の内側にのしあがってきた。

「行くぞ!!」

「いつでも!」

「「デュエル!!」」

《LP:4000》

デュエル開始の宣言が合図となったか、空は厚い雲に覆われ、今にも雷と共に大雨を呼ばんとしている。

「先攻は私がもらうわ。私は永続魔法《幽獄塔 バベル》を発動!」

現れ出でたのは天を貫く魔塔。
その塔について、ヒカルは逸話もカードの効果も知っている。

神々に近づくため人類が創り出した禁断の塔。
それは神の怒りに触れ、罰を受けた人類は統一された言語を失いバラバラの言語での意思疏通を余儀なくされ、塔も完成しなかった。
これもまたアダムとイブと同じく旧約聖書の一節に刻まれている。

それより重要なカードの効果は、1ターンに1度デッキから「七異の怪」と名のつくモンスターを"コストなしで"特殊召喚するという強力極まりないもの。

「私はバベルの効果を発動。デッキから《七異の怪 アスモデウス》を特殊召喚!!」
《ATK:0/Level:10》

「攻撃力が0…?」

てっきり攻撃力3000や4000クラスのモンスターを呼ばれるとばかり思っていたが、「色欲」から連想するならハニートラップ、誘惑的な効果のモンスターを置いたのだろうか。

「私はこれでターンエンドよ。さぁ見せてもらいましょうか、プロフェッショナルがどんなものか」
《Hand:4》

「俺のターン、ドロー!」

立ちはだかる効果不明の不気味なモンスターに臆してばかりではいられない。
一気呵成に攻めて攻めて、討ち滅ぼすしか道はない。

「魔法カード《銀河の双翼》を発動!エクストラデッキから指定のランクのモンスターエクシーズを除外し、除外されたモンスターと同じランクの「ギャラクシー」と名のつくモンスターエクシーズを特殊召喚する!」

「エクシーズ召喚を行わずに…面白いわ」

エクストラデッキから選び除外したのはランク8の《煌轟竜 ギャラクティック・メテオ・ドラゴン》。
これでヒカルはランク8の「ギャラクシー」モンスターエクシーズを1体呼び出すことが可能となった。

「現れろ!《ギャラクティック・カオス・ドラゴン》!!」
《ATK:3000/Rank:8/ORU:0》

上空の雲を裂いて現れた神々しい銀河の竜。
爛々とした眼はまるで宇宙を産み出したビッグバンのごとき輝きだ。

「更に装備魔法《ギャラクティオン・ブレイザー》を発動し、ギャラクティック・カオスに装備!」

この装備魔法は、装備モンスターが守備表示モンスターを攻撃した時貫通ダメージを与える効果がある。
本来ならギャラクティック・カオスが持つ効果と合わせたコンボを発動できるがオーバーレイユニットはない、どうやってコンボを成立させるつもりなのか。
切り札はすでに手札に備わっていた。

「そして魔法カード《ドラゴンズ・リゾルブ》発動!除外されたドラゴン族モンスター1体を選択し、そのモンスターを自分フィールドのモンスターエクシーズのオーバーレイユニットにする!」
《ORU:1》

先程の《銀河の双翼》で除外したギャラクティック・メテオ・ドラゴンはオーバーレイユニットとなった。
使うものは余さず使うのがプロフェッショナルのやり方といったわけだ。

「オーバーレイユニットが増えたことで、ギャラクティック・カオスの効果を発動!オーバーレイユニットを1つ使い、このモンスター以外のフィールドのモンスター全ての表示形式を変更するッ!」
《ORU:0》

《DEF:0》

わざわざ攻撃表示で呼び出すならきっとそれが理由で誘発させて発動する効果に違いない。
未知のモンスターが相手である今、守備表示にさせながらも攻撃は通りダメージも与えられるならそれが最も安全だろう。

「バトルだ!ギャラクティック・カオスでアスモデウスを攻撃!!ブレイザーストリームッ!!」

両脇に装備された機械的なビーム砲に《ギャラクティック・カオス・ドラゴン》が持つ星の瞬きが集束し、それらは色欲の悪魔目掛けて一気に解き放たれる。

食らえばダメージは3000だ。だがイヴはいまだ笑みを止めない、むしろ口角を上げて、力強く宣言した。

「アスモデウスの効果発動ッ!」

「なにを…ッ!?ギャラクティック・カオス!?」

放たれた粒子砲は風に流され、攻撃したはずの銀河の竜も様子がおかしい。
まるで、目の前の妖艶な悪魔に魅了されている。

「アスモデウスが"守備表示"の際の戦闘時、フィールドの状態を入れ換え、戦闘を続行する!」

「なんだと!?」

イヴは読んでいた。
"彼はあえてモンスターを守備表示に変えて、なおかつダメージを与えられるようなコンボを揃えられるはずだ"
と。

空間自体が歪み、鏡写しのように引っくり返った盤面に消えたはずの先程の粒子砲が迫る。
フィールドに現れたアスモデウスごと激しい光の奔流に巻き込まれ、ヒカルの体は後方へ吹き飛ばされてしまった。

「ッ……」
《Hikaru LP:1000》

読んだはずの先には更に先を読んだ女の巧妙な罠が仕掛けられていた。

地面に強打した背中がヒリヒリ焼けるように痛むのを我慢して立ち上がった時にはフィールドは元通りになっていた。
アスモデウスも含めて、だ。

「アスモデウスは戦闘で破壊できない。バトルが終わればフィールドに舞い戻るわ」

「何度でも攻撃を受けられるってことか…」

本来なら守備表示モンスターに攻撃してもダメージは与えられない、だが今は装備魔法によって貫通ダメージが発生する。
このままでは戦闘が行えなくなる。

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
《Hand:3》

今伏せたカードは、相手のエンドフェイズ時に相手のモンスター1体を除外する効果がある。
これをうまく発動できたならまだ勝機は十分だ。

「このエンドフェイズ、アスモデウスの効果発動!」

「まだ効果が!!」

「バトルフェイズ時、アスモデウスと戦闘を行ったモンスターのコントロールを奪うッ!」

「そんな…ギャラクティック・カオスを…!?」

突如として甘い花の香りに満たされたフィールド内で、支配権を握る女王だと宣言するかのようにアスモデウスが鞭を振るった。
鞭が鳴る音に弱く唸った銀河の竜は、ヒカルのフィールドから消失しアスモデウスの後ろへと配置された。

味方のいないフィールドはがら空き、伏せた罠も攻撃を防げるものではない。
考えてみれば、こんな状況を相手のターンに作るなど誰が予想できたか。

「ふふっ、アナタの負けよ?」

「くっ…!」

負けたとは思わないがそれでも追い込まれているのは事実。巻き返しはそう簡単なものでもない。

だが諦めれば道は閉ざされてしまう。
ならば、諦めるわけにはいかない。

「諦めるか…絶対に、負けるわけには…!!」


「そうだ。貴様にはまだ役割がある」


上空から響くどこか耳慣れた低い声。
一瞬にして、正面のイヴだけを見ていた目線はその声がする空へ向けられた。

「何者ッ!?」

「なにを言うか、女。"貴様が"俺を呼んだのだろう」

「━━━まさか…」

険しいイヴの表情はみるみるうちに恍惚としたものとなり、上空の男へ声を上げた。

「アナタが…ッ!!あぁ!アナタこそは!!」

白い外套をはためかせなにもない上空に立つ男。
隠した頭と顔から感情は読み取れないが、明らかな"異常"と"畏怖"がヒカルの感じ取った全てだ。

これは、決してこの世界に存在して良いものではない。

"今すぐに消してしまえ"

心の底から誰かの声が聞こえるくらいに、その男が放つ圧倒的なエネルギーは、暗闇の雲を切り裂く刃となり顕現した。


「我が名はヴァイス━━━、世界に蔓延る"復讐"の概念神だ」


ヴァイス。
目を逸らしてしまうほどに白く、禍々しい男の名。


暗雲は途切れ、太陽は光のシャワーのように差した。





Next→

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【あとがき】

今回の一言「風雅遊矢絶対殺すマン」
なんか懐かしいけど本番はこれからやで、あと一週間待て!!
やっぱり大体遊矢のせいじゃねーか!!!
ヴァイス…一体何者なんだ……。

ヒカルメインデュエル回ッ!!!(決着つかない)
テンションの下げ上げが激しすぎてそろそろ胃潰瘍にならないか私は心配です。
こんなにも愛があるけどヒカルは托都より遊矢が好きなんやで、世界は無情だね。これが"真実"だよ。
(修正、今回大体ヒカルのせいだった)
いやこれネタでもなんでもなくて、ヒカルが遊矢ラブってのが"真実"で遊矢が居場所を奪ったのも紛れもない"真実"で托都が遊矢を憎んだ過去があるのは"真実"だった。
つまり仲間であるこの三人の積み重ねた時間が最悪の結果を生んだってわけです。
それがどういう意味かはまだお預けで、次回以降です。しかし追い込まれると托都は可愛げがある。むしろ通常から泣き虫モードにしてやるにはこうするしかない。
イヴさんのデッキはアダムと同じバベルの塔。しかし初お目見えなのに2ターンしかもたなかったぞ、次回どうなるのこれ。
遊矢と狩也が仲良くしているだけでかなり嬉しい、なんだってこんなに仲良しなのに前回あぁなったの、狩也くんったら天の邪鬼!

次回!!白き復讐の化身顕現ッ!!遊矢たちの前に現れた男の意図は…?
仮面の男・ヴァイスが語る新たな戦火の灯火。そして遊矢に試練が訪れる!!あの子のデュエルが2年ぶり!!!

【予告】
暗闇を裂く怨讐は、白き仮面に虚ろを隠し顕れた。
己の罪を認めた彼と己の罪を知らない彼らは只一つの真実を握り対峙する。
未曾有の災厄を前に花が踊り蝶が舞う。
迷い込んだ悠久の楽園に命を賭して、白い瞳は正義を前にただ嗤うのみ。
第5話「正義の為と、君は云う」


===


あぁ全く情けないッ!!

なんということだ、よもや深層世界の俺はあそこまで弱いなんて…!

まさか…、こうなればこんな姿も二人に見られるのではないか…?

あーッ!!それはいけないッ!!目を覚ませッ!!今すぐ起きろ馬鹿ッ!!


===

【界の空から帰還後…5】

「…?」

おかしいな。

「……?」

見つからないな。

「………?」

一体どうしたことか。

「あれ?托都、どうしたんだよ」
「ん?あぁ、遊矢か」
「なんか探してるのか?手伝うぜ!」
「すまない。これは一人で探さねばならないものだ、遊矢には見せるに見せられない」
「ええー?そんなぁ!」
「悪いな、本当に内容も言いづらいものというわけだ」
「そっか、じゃあ探し物頑張れよ!ばいばーい!」
「あぁ」

……行ったか。
さすがに、遊矢には口が割けても言えないな。"アレ"については。

「さて、探し物探し物…」

「あーッ!なにこれッ!?」

「なッ!?」

まさか遊矢が見つけて━━━!?

「托都!!なんか見つけた!!なにこれコスプ…あっつぅっ!?」
「人の歴史に気安く踏み込むことはやめろ、遊矢」
「えっ!?でもこれちっちゃいたく」
「いいな?」
「あっ…ハイ」

夜月め…!!まだ隠していたのか…ッ!!
こちらまで恥ずかしい思いをするなんて…なんて…。

「いっそ殺してくれ…」
「どうしてそうなった!?」

END