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===


「お前は間違っていない。それは、正しい選択だ」

なにも間違えていない。
そう…あれは、俺は、自分の歩んだ道に否定できるような身分じゃない。

目の前の現実から逃げ続けることには慣れているつもりだった。
もうずっと、3年もこの事実から逃げ続けてきたことを今更思い出してしまった。
思い出す、なんて言葉のそれすらも逃げだった気がして、また遠回りを始めてしまう。

「あとは俺が背負っていく。これはもう、全てが終わった後なのだから」

━━━空の裏側の境界で見たものは紛れもない事実。俺が背負うべき罪の象徴。

語られることのない、復讐の物語。


━━━━━━━、


━━━━、



「…」

黒で染まった世界の中で、何者かが此方を見つめている。

呼び掛けることはできない、口を開くことができないから。
体を動かすことができない、まるで固定されているようだ。
ただただリアルで生々しい不気味な感覚がそこ一帯を支配している、そう彼は思う。

"お前は誰だ。"

テンプレートのような言葉が動かない口から漏れた。
何者かはそれを聞いてくすりと笑う。

「━━━━…」

なにかが見えた。

"白い瞳"。
真っ白ではない、血のような紅に染まった白が此方を見ている。
白目ではなく、瞳が白い人間なんて存在するはずがない。存在したとしても、それは希少な美しさを持ち、こんな異質なものではない。

手が伸びる。

白い瞳に似合う、陶器のような肌が頬に触れた。

「己が罪を受け入れろ、そして━━━」

言葉は途切れて消えていく。
自分の心臓の鼓動が他人のもののように感じ、深緑の瞳が黒く濁ってゆく。

なにかがそこにいる?
違う、それは…此処にいる?


世界は突如ノイズに包まれた。


~~~


「ゴラァ!!」

「…!」

ブーッ、と後方からけたたましいクラクション音と低音の耳障りな怒鳴り声が聞こえてきた。

信号機は青い色、そして二人を乗せた黒い大型バイクは列先頭ど真ん中で居座ったままだ。

「テメエ!居眠りか!?早く行けよ!」

「おい大丈夫か?寝不足?」
「…まさか」

激しいエンジン音を鳴らしてバイクを発進、若干脇に逸れれば後ろに並んでいたのだろう凄まじい信号待ち列が流れていく。
後ろにいた男性に一礼し詫びを入れたが、無視して走り去ってしまった。

空が、海が、美しい自然の風景が紙芝居のように流れていく。
紫の長い髪が風に乗りさらさらと流れるのを、右手で上手く押さえつけながら左手で彼の体に掴まる。

端から見たらデート中の恋人同士のように見えてしまうだろうが生憎彼らはどちらも男性かつただの友人だ。

「珍しいな、居眠りなんて。事故に遭ったらどうしてくれるんだよ」
「馬鹿なことを言うな、居眠りなどしていない」
「何度話し掛けても起きなかったし死んでるかと思った」
「洒落にならん冗談だな」

くだらないやり取りを楽しんでははっと笑えば彼も少しだけ笑い返したような気がする。

━━━ヒカルは現在、托都と共にとある施設に向かっていた。
施設というよりは家、だろうか。托都は一貫して施設と呼称するためとりあえずそういうことにはなっている。
すでに2時間ほどバイクを走らせているが、夏の日差し照り付ける中でよくもまぁ居眠りなんてできるなとヒカルが茶々を入れると托都は一瞬振り向いて嫌そうな顔をしながら、
「次にそれを話したらここに降ろす」
と脅しをかけてきた。
口に出したら本気でされてしまうだろうから、そんなことをすれば妹から大目玉だろうに、とヒカルは心中で苦笑いした。

晴れやかな空から日の光が降り注ぎ、その輝きを受けていると不思議なくらいに元気になれると感じる。
平和の証拠、本来過ごすべき夏の形がここにある。

「にしても、遊矢は残念だったな」
「自業自得だ。目を離した隙に居眠りとは…」
「アミが珍しく燃えてたからな~」

今凄まじいブーメランが托都に飛んでいった気がするがあえてスルーだ、笑ってはいけない。ここで笑ったら色々なものが消えてなくなる。

主に今日の移動手段が。

「ま、今日頑張れば明日には来られるらしいしな」
「遅れの一日をすぐに取り戻すくらいはできると思うが、心配だ」
「えっ?一体なにが心配なんだよ」
「…あの呪文、解読できるのか?」

そうだ、そうなのだ。
この一般的にイケメンだの言われるルックスとインテリに見える寡黙さは本当に外装だけ。托都は、下手をすれば遊矢よりも学力が悲劇的だ。
高校1年一学期前半の問題文に目を通し、「呪文」などと呼ぶなんて小さな子供たちと勉強の概念を古い記憶に押し込めて時代と共に流していった老人くらいだろう。

「さすがに遊矢もそこまでバカじゃないだろ…」
「それもそうだな」

なんだ、コイツ分かっているんじゃないか。
…勿論、自分の学力ではなく遊矢の学力のことだが。

ここまで散々貶されてはいるが、托都にも事情がある。一応勉強はしているのだ。
よく読む本が「猿でも分かる数学」という本当に猿でも分かるような内容で有名な本だったりする。一度見せてもらったヒカルはそれが逆に理解できなかったそうだが。

「あ!あと少しだな!」
「はぁ…」
「どうかしたのか?」
「いや、なんでも…」

電子掲示板に書かれた地名とこの場からの距離、到着予想時間が無常に感じる。
家族に会うのが嫌なのではない、"妹に会うのが嫌"なだけ。母親には特に思うような感情はないし、周りの彼らにも感じることはないはずだ。

きっと、恐らくの話。


~~~


コン、コン、コン。
古風な時計の鳴る音が空調の効いた室内に響き渡る。
耳に心地の良い時計の音、それだけならとても快適でゆったりとした、素晴らしい空間なのだが、やっぱりこの家の場合一筋縄ではいかないらしい。

「ん~~~~~~……」

風雅遊矢は唸っていた。
この、目の前の文章には一体なにが書いているのだろう。
Xの値を求める、ということだけはよく分かるのだがそれ以外が全く頭に入らない。途中式が何だかんだと説明を受けても数字と記号の羅列だけのそれから答えを導き出せる気がしない。

「唸ったって解決しないわよ、頑張って」
「いや~これはどうやっても無理だぜ…」
「さっきやったじゃない。忘れたの?」
「あははは、まぁな!」

あまりの良い笑顔に正面に座ったアミが深くため息を吐いた。

「昨日の晩御飯は?」
「きのこソースがけハンバーグとにんじんのスープ!」
「なんで晩御飯は覚えてるのに解き方は覚えてないかなぁ…」
「…そりゃあアミが作ったからだろ?一週前、一ヶ月前でも覚えてるぜ!」

アミが作る料理はあったかくて旨いからな!とニコニコ顔で告げる遊矢からはお世辞やこの場をうまくやりすごそうという疚しい意思は感じられない。
思わず頬を朱に染めて言葉を失った。

「もう…」
「えへへ~」
「しょうがないなぁ、一緒にやってあげるから次こそ覚えてね」
「おう!任せとけ!」
「じゃあここはまず…」

身を乗り出してテキストを指差しながら詳しく解説を入れていく。
 
こういう時、デュエルに例えると遊矢は飲み込みが早い。
生粋のデュエリストと言うべきか、単なるデュエルバカと言うべきか、結局最後にうまく分かってくれるならそれでいい気がしてきた。

「(二人とも、もう着いたかな)」


~~~


「おにーちゃぁーん!!━━へぶぅ~!」

出迎えた赤みがかった茶髪と、これまたライオンの鬣のような金髪の少女が人と人の間を流れるようにして通り抜け地面にダイレクトアタックを慣行した。
その光景と行いは、兄が妹にする所業ではない。

「ちょっとぉ!!ひどくないっ!?妹が出迎えたのに!!」
「長旅の終点でタックルを食らう必要が何処にある、俺は疲れた」
「嘘でしょ!!お兄ちゃんがバテたとかありえないし!」
「俺をなんだと思っているんだお前」

妹…托美は額にコブを作り、ブンブン腕を振り回しながらスルーされたことについて猛抗議しているが兄こと托都は全く意に介していない。むしろなにが悪かったのかと聞いてくる始末だ。
まるで反抗期兄とブラコン妹のようなやり取りだが、この二人は今年で20歳と18歳になる。大人気ない。

それを横目で見るヒカルは思う。
「俺は妹たちを大事にしよう」
と。

「おかえり托都、元気そうね」

「あ…」

車イスを押されて現れた母はまた少し痩せたと思った。この人はどんどん弱っていっているな、と。
そんなことを気にしていたらやはりというべきか、言葉が詰まった。

「ほら、ちゃんと挨拶くらいしろよ。父親と大差ないぞ」
「…あぁ、ただいま」

「ええ、えぇ」

視線をわざと逸らして言ったその言葉を聞き、弱々しく頷いた母は嬉しそうだ。

「ヒカルくんも元気そうじゃない。さぁさぁ上がって上がって!子供たち、みんな待ってるんだから!」

「そ、そうか。あんまり期待しないでほしかったんだけどな」

一時期愛の猛アタックを仕掛けてきた相手がこうなんとも語弊が生じそうな発言をしてくるとヒカルも困った。もしかしたら人のことが言えないかもしれない。

案内されるがままに綺麗で広いこの赤い屋根の家を抜け、広い公園のような場所に出ると、確かにそこには楽しそうに駆け回る子供たちの姿があった。

そう、この施設は孤児院なのだ。

托都の母は、約20年前に産んだ自らの子を捨てたことにずっと悔やみ続け、そうする内にこうして衰弱してしまった。
だが、それでも自分にやれることを探し続け、漸く見つけたのがこの施設を創設することだった。
身よりのない子供たちは世界中に溢れている。そんな子供たちを一人でも救い、家族になれたなら…、そんな想いが今はある。

もちろん、こんなことで許されると彼女は思っていない。自分のしたことは死ぬまで付いて回るだろう。
ただ、死ぬまでにひとつでもやり直したい、その想いなのだ。
今、托都とこうして再会し、複雑そうにされてはいるが家族と認めてもらえているのも今日までの行いゆえかもしれない。

「あっ!ヒカルだー!」
「プロデュエリストのヒカルが来たー!」

「あー、やっぱりそういう認識のされ方してるんだな俺」
「気分が悪いか?」
「まさか。案外イイモンだよ、分からないだろうけど」

存在に気付いた数名の子供たちの声によって、数十人単位の子供たちが集まり始めた。
ヒカルはちょっぴり嬉しそうにしながら子供たちの元へ駆けていく。昨日のことが嘘のように元気そうだ。

「ヒカル!デュエルして!」
「ずるいー!わたしがいちばん!」
「おれがさいしょだってば!」
「こら、喧嘩するな。順番に…いや、まとめて相手になってやる!」
「「おぉー!!」」

白銀のデュエルディスクが夏の陽光に反射して輝く。その輝きは子供たちの憧れの眼差しを一身に受け、さらに輝きを増す。

キッズ用の小さく軽い新型デュエルディスクを何人かが身に付け、3対1で順番に戦うというルールを決めて広場でデュエルが始まった。
普通にやるなら言うまでもなくヒカルが勝つのだが、大人気なさすぎれば泣かれてしまうだろう。というわけで、彼は事前にエースモンスターであるギャラクシー・カオスの使用を禁止されている。

「楽しそうだなぁ…私もやりたいなー!!」
「混ざればいいだろう。実力は違うまいて」
「みんながあんなワクワクしてるのに私が混ざったらおかしいでしょ、バカだなぁ」
「どこがおかしいんだか…」

要するに子供たち優先、私は夜にでも相手してもらうとのことだそうだ。

「あの子、楽しそうね」
「昔はあんなんじゃなかったんだけどねー、もっとこう…お兄ちゃんっぽかった!」
「悪口か?」
「あの分なら安心ね。将来は良い"お嫁さん"になりそう」

沈黙。
いや沈黙ではない、なにを言われたかをしっかり脳内処理できなかった。
彼女は天然な人ではあるが倒錯趣味はないし、むしろそういった恋愛観はないはずだ。つまりそこから導き出される答えは一つ。

「母さん、ヒカルくんをなんだと…?」
「えっ?ほら、美人で子供思いで、背が少し高いけど托都が大きいからね、並べば小さく見えるでしょう?」

確かに、美人と言われれば美人の部類だしあぁやって子供たちの相手をする姿は子供思いのそれだろう。
175cmある身長だって托都から見たら10cmも差がある。間違ってはいない、そう、一応。

「仲も良さそうで、彼女かなって思っているのだけど…」
「私の旦那様じゃなくて?!」
「なに言ってるの托美。あの子は"女の子"でしょ?」

間違いなく性別を勘違いしている。
ヒカルは元々女性的な風貌と中性的な声質を持ち合わせ、勘違いされることはある。実際托都も二度目の初見では我が目を疑ったほどであったのだ。
しかし、よもやここまで話が拗れたことはない。大体托美が原因ではあるのだが。
出発の時点で限界だった胃痛がここにきて更に振り切ろうとしている、我慢だ、逃げたら負けだ。

「奴は正真正銘、男だぞ」
「あら?…あらあら?母さん、ついに目まで悪くなったのかしら。それとも托都が…?」
「どちらでもないが」

こうも勘違いが行きすぎていると逆に言葉選びに困るものだ。ストレートに実際のことを告げても今度はやっぱりと言うべきか、自分を疑っていらっしゃる。
…ついでに托都も疑われている。

「あのね母さん。彼はその~…外見がすごく美少女なだけで、中身は下手をすればお兄ちゃんよりも男らしいの」
「おい、聞き捨てならんぞ」
「あら~そうだったの。でもね、私にはどうしても男の子には見えないの」

分かる、分かると兄妹揃って頷く。
これ以上信じてもらえずに話が拗れる場合はもう脱いでもらうしかない。それが決行されれば間違いなく殺されるだろうが。

「うん。仲良しに変わりがないのは分かったから、それでいいわ」
「よかった…」
「思わず素に戻ったねお兄ちゃん」

約一ヶ月ぶりの再会になるが、この短い期間であっても話題は案外あるものだ。絶えず微笑んでいる母の顔がそれを物語っている。
無論托都は無口な人間故、自分から話題を切り出すことはないが、二人は話したいことはたくさんあるらしい。

そんな三人の影を見つめる少女がいた。

「あら?アナタ…」

「初めまして、おにーさん」

二つに束ねた白い髪、よく映える羽根を模した紅い髪飾り、黒を基調とした衣服は白とワインレッドのフリルが胸元を覆い隠すように揺れている。
小柄だが体つきや雰囲気は大人と大差なく、低身長だと言われれば十分遊矢やヒカルより年上の印象を受けた。

「貴方は一体、何のためにその力を振るうのですか?」

「なにが言いたい」

「今、私から言えることは一つだけ」

"後悔のない選択を"

会話にならない会話が二人の言葉で紡がれる。
少女の紅き星のごとく輝く瞳は真っ直ぐに、言葉の意味を伝えようとしている気がする。だが少女からそれ以上の会話は一切ない。もしや返答待ちだろうか?

「意味か…」

言われてみれば、発現こそ遅かったものの先天的に持っていた世界を壊すその力の用途や意味を、今まで考えることもなかった。
守ることに執心し振るい続けたとして、結局元を辿れば悪しき混沌のエネルギー。果たしてそれが真に守る力であるのか。
難しいことを考えれば考えるほど答えに辿り着ける気がしない、いや、答えがないのかもしれない。
黙り込んだのを見かねた少女は身を翻してこう言った。

「答えを見つけたら教えてください。私、お兄さんのことを待ってます」

仲睦まじい家族の間を吹き抜けた風はスタスタと自由に去ってしまった。
呆気にとられる間にその姿は消えてしまったがどうにも腑に落ちない。

「ねえ母さん、ウチにあんな年長の子いたっけ?」
「まさか、此処は小学生以下の子供たちしかいないから…」
「ただの迷い人か、それとも」

━━不穏を告げる烏の子だったか。

山の草木が激しく揺れる。やはりなにかの前兆だったのだろうか。

「行け!《ギャラクティック・カオス・ドラゴン》で攻撃!」

「うわぁ!」
《LP:0》

「はぁ…さすがに疲れた」

そんなこんなが起きる間にこちらのデュエルは終わり、ヒカルが夏の暑さと疲労でとけそうになっていた。
相手が子供とはいえ三人もいる、しかもそれが何度もやってくるわけだから、体力を消耗するのも分かる気がする。

「ヒカル!つぎおれ!」
「ぼくもー!」
「あはは~ちょっと休憩、ほらスイーツの時間だからな」
「あ!ほんとだ!3時だ!」

柱の時計が三時を知らせる鐘を鳴らす。
それを見つけ子供たちの気を引くことになんとか成功した。どうにかこの場を切り抜けることができそうだ。

「もう3時かぁ、母さん準備しよっか」
「そうね。じゃあ子供たちをお願いね」
「俺が?」
「頑張れ!まぁ泣かれたらドンマイ!」

托都が地味に嫌な顔をしている。
考えれば分かることだが、この無愛想に加えて無口、愛称が"黒いお兄ちゃん"なだけに幼年期の子供たちにとっては威圧感がするらしく、一度対面した時に大泣きされたのが思い出された。
こんな人間でも無条件で子供に泣かれれば傷つくものなのだ、多分。

「ヒカルに任せるか」
「いや手伝えよ、こっちだって疲れてるんだ」
「くっ…」


~~~


時間はすでに深夜近く、月に照らされた田舎の夜はハートランドの夜より薄暗い。

「あ~!良い湯だったなぁ~」
「漸く落ち着いたな」
「あぁ!」

一日が長いようで短く感じるのはきっと充実していたということだ。
風呂上がりの濡れてしっとりした長い髪がやけに色気を漂わせているが、あくまで彼は男である。忘れてはいけない。

「遊矢、片付いたみたいだな」
「全く一日かかるってどういうことだよ。たかが数学くらいで」
「そんな口が叩けるのはヒカルだけだろうが…」

天才に凡才の悩みはうまく伝わらない、そもそも算数止まりなことは問題外として。

「そうだ!そろそろ!」
「…あぁ、もうそんな時間か」

時計の針は23時過ぎを指している。
ヒカルが托都の腕を掴み、引っ張るように外へ連れ出した。

何故今回二人がこの地を訪れたか。
あれだけ妹との対面を面倒だと切り捨て、家族の勘違いに青ざめている托都が好きでこの場所を訪れようとは思わない。
つまり別の理由があるのだ。その理由は、深夜の片田舎だからこその魅力が溢れている。

「流星群、ハートランドじゃ街の光で見えなくなるから」
「そうだな」
「ここに行くって言った時、脅さなくてもよかったのが一番驚いたけど」

そう、滅多にお目にかかれない流星群は26日夜から27日を明けてすぐまで、とのことでたった一時間もないだろうこのためにやってきたのだ。
先ほどなにやら物騒な発言が飛び出したが、ここに行くことを托都が嫌がったら天之御崎に連れていくつもりだったらしい。
絶対にその方が嫌がるだろう、家族の確執じゃなくて酒的な意味で。

「星に願いを、なんて…ははっ」
「笑いどころがあったのか?」
「いやっ願い事なんてないのかもしれないって思ってつい…」
「…確かに、俺にはないかもしれないな」

流れ星に3回願い事を唱えれば願いが叶う。
在り来たりな迷信を少しだけ信じてみてもいいと思っても、この分ではヒカルの願いは叶っているのだろう。
では托都はどうか?空を見上げているだけで、眩く輝く星々へ本当に願いはないのか?

「じゃあ…ないなら同じことを願おう!」
「さっき望みがないと言っていたのは…」
「一つだけ、叶ってるけど叶ってない願いがある。それは━━━」

それを聞いた托都は驚いた。こんな過激な人間でもこんな願いを持つものか、と。

「それでいいな?いいだろ?」
「どうせないものはない。いいだろう」
「よしっ」

半ば強制された気がした。

次々降り注ぐ星は、ヒカルが操る銀河の竜と同等の輝きを放ち思わず光に目が眩みそうだった。
托都がちらりと隣を見てみればヒカルが真剣そうに願い事を唱えている。声をかけるのも無粋だろう。

空の星を見上げたまま、真剣に望みを考えてみた。

「(願い…そんなものを、持つ権利はない)」

幸福は逃走━━、自分自身の罪から逃げ出すことこそが幸福という概念。
境界世界で出会った托都自身の過去の記憶。一度消えた身だとしても消し去ったわけではなかった、だが幸福であったが故に忘れていた者。
彼は間違っていなかった、そう、間違っていなかったのだ。
その事実を自分に押し込めて生きていくためには人並みに掴みとれる幸せも願いもいらない。托都がそう決めてしまった。

実際、隣で願っているヒカルが言ったことも、その日以来一切思えやしないのだ。

━━もし、願いがあるのなら、

━━その願いは…。


「必死だな」
「ん?あー、こういう機会があんまりなかったからな…」

都会生まれ都会育ちの弊害だな!とニコニコしてる。遊矢を含む三人の中で唯一ヒカルはハートランド生まれだが、あの街には機械がある。
プラネタリウムくらいはあるだろうし、行ったことはあるはずだ。

「ずっと平和であってほしい、なんて今日が来るまで思えなかったから…じゃないか?」

二色の瞳が流星雨に照らされて、まるで海と月に光が反射しているようだ。

「…平和、か」

平和を望む、それが意味するのはヒカルが叶えたい夢。そして、彼らが過ごすべき明日の平穏だ。


~~~


「よしっ!無事完了!飯も食ったし準備もできた!」

テーブルには積み重なった答え合わせ済みのテキスト。キッチンにはすっかり空になったお鍋と食洗機に立て掛けられた皿。そしてベッドの脇には旅行用の鞄。

「よくできました!じゃあ、私は帰るよ?」
「えっ泊まっていかねーのか?」

廊下への扉を開いたアミへの強烈な一言、お泊まりの誘いだ。
しかし未成年男女二人で泊まりはさすがにダメだろう。アミは顔を真っ赤にして言い放つ。

「っ!男の子の家に泊まれるわけないでしょ!」
「今日は泊まったじゃん」
「それは~…徹夜だったから!」

適当な言い訳だが事実、アミは25日から26日今日の間睡眠時間は遊矢と一緒に寝落ちしてしまった3時間だけだ。
徹夜とは言い難いが勉強していたなら問題はないのだろう、恐らく。

「じゃあせめて送るぜ!夜だし!」
「うーん…じゃあ下まで付いてきてよ。近くにお母さん迎えに来るから大丈夫」
「おう!もちろん!」

深夜に女の子を一人で歩かせるのはバカな遊矢でも抵抗があるのだ。とりあえず母が来るのなら問題ないはずだろう。

一応、という体でデュエルディスクとフリューゲルアーツを持ち、アミと一緒に自宅を出た。

高層マンションを下まで降りて、広い道路に出たところで見えなくなるまでアミを見送る。やたら長い時間見守っていたのは、いつもの仲間への心配症か、それとも恋心なのか。

「さぁて、帰るか!」

月明かりと外灯が照らす空を見上げる。
今ごろ二人は流星を見ているのだろうか、自分も行きたかったな、明日が楽しみだ、と様々な感情が沸き出してくる。
遅刻しないためにも、早めに睡眠をとらねば!と元気に駆け出した。


瞬間。


「ッ!!」

ドクン、ドクン

高鳴る心臓、鼓動がやけに大きく聴こえる。
嫌な予感が胸に過て過ぎてゆく。

そして、不吉の前兆は現実のものとなった。

「あれは!?」

ハートランドに降り注ぐ激しい光。
流れ星なんて生易しいものではない、あれは最早隕石だ。

光は郊外へと流れ、また閃光を放って消えた。

「あの方向…狩也の家かッ!!」

自宅から反対方向。
遊矢は深夜の街を駆け抜け、通信端末のリストから素早く狩也の連絡先を選んでコールした。

「狩也!」
《――矢――!?―――だ、―――!!》
「はぁ!?なんもわかんねえ!」
《連――――ない!――が―――》

ブツンッ

ノイズまみれの通信は一方的に切られてしまった。

「ッ!!なんだってこんな時にッ!」

ただの通信障害か否かを考える余地もない。
とにかくなにかが起きたのは明白だ、急がねば大事に関わる。

「待ってろよ!!」


~~~


「なぁ、あの星って」
「こちらに、向かってきているのか…?」
「まさか…っ!!」

突然の閃光に思わず目をキツく閉じた。

状況はハートランドと同じく、こちらにも謎の光が降り近くの山に落ちてきた。
まさか隕石だということはないはずだ、きっと。

「一体なにが」
「…ダメだ」
「どうした」
「遊矢に繋がらない」

ヒカルが蒼い端末で遊矢にコールしていたが、繋がりすらしない。通話中でもなく、ただツーツーと音がするだけだ。

「俺達だけでどうにかするしかあるまい、行くぞ」
「あぁ!」

バイクに乗って施設から離れ、山道を走り光が消えた場所へ足を運ぶ。

通信障害といい、この光といい、なにかが関係しているのは違いない。
平和だなんだと言った側からこのザマだ、もしやヒカルたちは呪われでもしているのかはたまた運がひたすらにないのか。

「ここだ!」
「なにもいないな」

光が落ちたであろう其処は少し開けた山の休憩地だった。
広い、だが目視できない範囲は森だけで視界を阻む障害はない。
ただの見間違えだろうか。いや、そんなはずはない。あんなにも巨大な光が夢幻だったのならついにおかしくなったと断言されてしまう。

「なにが起きるか分からない、慎重に行くぞ」
「分かってる」

ゆっくり土を踏み締めても変化はない。
その瞬間までは、なにもなかった。

「"多重結界"」

「!」
「危ないっ!!」

何者かの声がした。

托都の足元が光り出した瞬間、気をとられていたところをヒカルからドンッと背中を押された。
よろめいて振り向いた時には白い半透明の壁が広場を包むように広がり、二人は内側と外側で完全に分断されてしまった。

「残念。もう少しだったのだけれど」

「何者だ!!」

「フフッ…こうなったのもまた物語の一端でしょう。姿を見せます」

壁の向こう側、中心に花舞い、そこから現れたのは女であった。

「我が名はイヴ、原罪のイヴ。私の目的はたった一つ。白き神を頂きます、未完の聖杯には興味がないの」

「なにを言ってっ、なんだ、これ!?」

イヴを名乗った女が右手を振り下ろした途端、ヒカルの足元に魔方陣が現れた。

魔方陣は紅く染まり、粒子状の光で身体を飲み込み始める。
そして光は次第に量を増し、手先からヒカルの体そのものを粒子に変換し始めた。

「これは、分解現象…ッ!?」

「貴様、錬金術師か!!」

「そう錬金術よ。私にとって、理解・分解・再構築など容易い。身体をゆっくり分解していくの。器はともかく肉は余計いらないわ」

「くっ…!」

手も足も出ないとはこのことを言うのか。手、足が次々消えていくのをヒカルは見ていることしかできない。
托都も同じくだ、壁に阻まれそちら側に行くことができない。

どうする?どうすれば打開できる?敵の狙いは?

考えるほどに空回る、早くしなければヒカルが危ない。

「デュエルで解決、なんて思わないことね。結界は3分で完全分解に至るわ」

「っ…どうすれば…!」

「私なら分解を止めて再構築して元通りにもできるけれど、それは取引よ。等価交換は人間の基本でしょう?」

焦る二人を尻目にイヴは勝手に話を続ける。

「"貴方が結界入りなさい"。そうすれば彼を帰してあげるし、願う平和を約束してあげる」

「平和を…」

「ッ!ダメだそれは!!托都が代わりになる必要なんてない!!それなら俺が消えたっていい!」

ヒカルの分解を止めるには托都が代わりになるしかない。
どう転ぼうとどちらかが犠牲になる未来しかないのだ。

考える必要はない。
何故なら、目の前の女は言っている。

"ヒカルが願った平和を保証しよう"と。

托都が一人身代わりになれば、流れ星に願ったそれは叶う。
来るべき日常で笑顔でいられる。
そんな簡単な問いの答えに托都は迷うはずがなかった。

「いいだろう」

ヒカルは一瞬の静けさに寒気すら覚えた。

今、托都はなんて?
あんなにも迷いなく、なにを言ったのか?

「どうして…!なんで!!」

「それなら取引は成立よ、本当にいいのね?」

「当然だ」

壁を抜け、日常と非日常の境界線に足を踏み入れる。
その瞬間、ヒカルの身体がふわりと浮かび、凄まじい速さで壁の外へと追い出された。

木に打ち付けた体をよろめかせながら立ち上がる。

壁のすぐ向こう側、紅い光が微かに洩れ出している。そこから溢れる粒子は明らかに分解現象を意味していた。

「托都!!」

「…どうした?」

「早くこっちに!お前が代わりになるなんてバカなことはしなくたっていいだろ!」

そうだ。托都ほどになればこの程度の分解結界などすぐに壊せるはず。何故かそれをしないのだ。

「いや、これでいい」

「なにを言って…」

こうしなければ、ヒカルは消えていなくなる。
こうすれば、一人だけでも日常へ帰れる。
思い付く言葉を述べればまだまだたくさんあるがきっと言い切る時間はない。

「ヒカルが望んだ平和に、俺は必要ない。俺には平和が望めない」

「…違う、そうじゃない」

「俺が一人いなくなるだけだ、なんの問題もないはずだ。違うか?」

そう、平和と日常に異質な影が消えるだけ。そこに違和感も否定もないはずだ。
なのに振り向けない。きっとヒカルは泣いているから。

「なんで、いつまでも…守り守られる関係なんて言って、自分ばっかりッ!!俺だって、守りたいんだ…!」

彼が帰るべき日常を、守りたいのにいつも守られてばかりで、こんな場面でも彼は守られることを許してくれない。

涙声だけが響く静寂を割くように、彼の声がした。

「なら、俺がいたという事実を守ってくれ。それだけで十分だ」

「托都!!」

「受け取れッ!」

「!」

投げ渡された紅い宝石、銀の翼、フリューゲルアーツ。
振り向いた彼はとても満足そうに、後悔のない表情で消えていく。

境界を分ける壁が次第に薄れ始めた。

「手を…ッ!!」

短い距離がとてつもなく遠い。
手をめいっぱいに伸ばし、奇跡の望みを必死に掴もうとする。
未完の聖杯ならきっと叶えられる願いを胸の奥に焼き付けて、左手が右手と重なった━━━。

「あっ…!!」

遅かった。
近い、とても近いその手を、"握る"ことは叶わなかった。

「人間ドラマね。ご苦労様」

「ッ!お前!!」

「安心なさい。彼は生きているわ、ま、死ぬより始末が悪いかもしれないのだけど」

「ふざけるなッ!!今すぐ返せ!!」

「慌てないで。今ここで貴方を分解するのは簡単。でも私は彼の意思は汲むつもりよ、助けられた命を捨てるつもり?」

「っ、それは…」

ヒカルが死んだところで托都が帰ってくるわけでもない。
普段なら命を擲ってでも立ち向かうが今日はワケが違う。
無闇に命を捨てることは、約束を破ることだ。

「理解が早いのは結構よ。それじゃあ、もう二度と会わないことを願っているわ。未完の聖杯さん」

イヴは自らを粒子に変えてその場から消え去った。
なにも起きなかった。そんな雰囲気だけがこの山中に残っている。

数秒経って漸く、現実に引き戻されたヒカルはその場に座り込んで両手で受け取ったフリューゲルアーツの輝きにまた涙を溢した。

「そんな平和なら、いらなかったのに…」

月明かり照らす森の中で手繰った気力が尽き落ちた。


~~~


「なにがどうなってやがる…!?」

すぐ近くに落ちてきたのは宇宙人か隕石か。

遊矢からの通信がノイズで聞き取れず、異常に気付いて外に飛び出せば赤い粉塵が舞い辺り一面を包み込んでいた。

「まずは一人目」

「ッ!誰だ!」

「我が名はアダム、原罪のアダムである!」

振り上げた左腕には不気味な色に染まったたデュエルディスク。
どうやらデュエルで狩也を負かす気があるらしい。売られた喧嘩は買うのが礼儀だ。

「上等だッ!一人目がなんだかは知らないが、返り討ちにしてやる!!」

「乗ったな、ならば抜け!その剣をッ!」

「言われなくてもッ!!」

懐からデュエルディスクを取り出し、セッティングしようとした瞬間、

空に流れ星が流れた。


「ちょぉっと待ったぁッ!!」


「!?」

「…来たか」

なにか叫び声を上げながらまた流れ星が急スピードで降ってきた。
その衝撃で辺りの粉塵は巻き上げられ、いつの間にかに風に流されてゆく。

「風雅、遊矢ッ!!」

「………」

エメラルドグリーンと黄金に煌めく展開済みのデュエルディスク、首から提げられたフリューゲルアーツ。
誰がどう見ても臨戦態勢。そして目の前の男すら、標的をすぐさま変えた。

「相手は俺だッ!!"リコードイミテーション"ッ!」








第1話「変異の兆し」

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【あとがき】

今回の一言「なるほどわからん」。
案ずるな、原作もなにやってるか分からない。後半怒濤の展開でなに書いたかを忘れてしまった、記憶力より興奮度が足りない。腹から声出せ
終始テンション低めで書いてたので0話よりゆったりーんな気がする。

と、いうわけで!!!!1話からロクでもない!!でもね!!!!堰櫂ママからバブみを感じる、結婚してほしい(ただし人外の未亡人)。
托都とヒカルがイチャついてるところに現れるリア充嫉妬厨二おばさんほんとひで。性の悦びを知りやがって!!ってか!!少なくともヒカルはまだチェリーだよッ!
托美ちゃまがいつものノリで安心した、というかヒカルのこと諦めてなかったんかい。しかしヒカル自身は遊矢ラブなのを忘れてはいけない。
0話なんてなかったってくらいヒカルが楽しそう、平和主義と化してるけどこの展開には覚醒さん激おこである、やべえよ…やべえよ…。流れ星厨…うっ頭が。
そしてそろそろ托都のヒカルに対する好感度が振り切れたんじゃないかと困った顔になってしまう私がいる、案ずるな、最初からMAXだった。
愛する人のためなら死ねるタイプのリア充であったか、やはり母親似じゃないか…(困惑)
主人公の霊圧が薄い…薄すぎる…。遊矢どうしたの…あまりにも出番なさすぎてちょっと出しどころ悩んだぞ…。
でも次回からはついに遊矢が動き出すッ!!勉強なんてしてられねえ!!さすがは俺たちの遊矢だッ!

次回!!遊矢VS原罪のアダム!正体不明の敵から勝ちをもぎ取れるか!?
ハートランドに突如現れた謎の男とデュエルを始める遊矢、その裏にはとある出会いがあった。その出会いとは?
そしてヒカルたちは…。

【予告】
第2話「原初の咎人」


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胸を打つ、音がした。

黒い海を揺蕩う中で様々なものを見た。

奇跡と希望、信じる心━━━━、

どれもすでに捨て去った記憶に飽き飽きしていた。
何故この依代はこんなものを持ち合わせているのか、全く理解できなかった。

時が流れ微睡みが深く深く堕ちてゆく中で、一筋の"闇"を見た。

彼は、その日を待っていた。待ち望んでいた。


うっすら開いた瞳は白く美しくそれでいて禍々しい魔神の瞳。


「漸く始まり、そして全てが終わるのだ」


覚醒の鼓動は静かに、確実に目覚めを待ちわびている。





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