今日は、自分の病気のお話を。
去年の6月から病院に行ってます。
心の病気を治す為の病院です。
とっくんと知り合って6年目です。
去年、5年目になる時、やっと重い腰を上げて病院に行きました。
理由はただ一つ、「この人の為に治したいって思う人が出来た。」という理由でした。
それがとっくんです。
とっくんの為に治さないと、、、私はこのままじゃダメだって思ったからでした。
1つ目の病院は却下して。
2つ目の病院で今の先生に出会いました。
顔は怖いけど、声も大きくて、わっはっはーって笑って関西弁で、色黒で一見怖い人みたいで。
なのに、私の事を本当に分かってくれた先生でした。
先生に初めて会った時、何も話せなくて、問診票に書いた事だけで先生がお話してくれました。
先生は何も聞かないでいてくれました。
でも、先生が、私が診察室に入って一番最初に言ってくれた言葉は、
「大変やったなぁ。良く来てくれたな。そして生きていてくれてありがとう」
そうやって言ってくれました。
もう言われた瞬間泣き崩れてしまって、言葉も出せないくらい泣いたけど。
10年耐えたけど、もう耐えれませんでした。
そして、治さなきゃならないって思えるくらいの人に出会ったんです。
だから治したいんです。10年経ってるけど、治りますか?って聞いた。
先生は、治るよ。って言ってくれました。
「貴方の病気は、PTSDという病気です。死に関わる様な大きな事件で、心に傷を負ってしまった人がかかります。忘れる事は出来なくても、今よりもずっと笑って過ごす権利が貴方にはある。人を信じて人を好きになって、貴方らしい人生を歩む権利もある。だから、100回会いに来てください。そしたら絶対変わってると保証するから。俺が治す!!」
って、そうやって言われたんです。
それから毎週・・・のはずですが、行けない時もありましたが。
今日、50回目の診察でした。・・・だったそうです。
先生が教えてくれました。
そうだよね。
1年は、52週のはず。
1年2ヶ月ちょっとかかったけど、50回目の診察か。
そんなもんかぁ。
50回目と聞いて、嬉しくもあり、ちょっと複雑な気持ちでもありました。
嬉しいのは、少し変わってるのが自分でも分かる事。
「最近、フラッシュバック起こさないね!」って言葉さえ出なくなった事。
フラッシュバックを起こさない事が、少し当たり前になりました。
多分、これからも、いつか起こす事かと思います。
でも、それでも、「あぁ、最近起こしてないなぁ」って思わなくなってきたのは進歩かな。と。
とっくんにも、あまりこの事を話さなくなった。
前は、治るかな・・・治るかな・・・今日病院で・・・っていつも言ってたけど。
自分の中で、とっくんに病院って言うのを辞めた。というのもあったけど。
とっくんに頼らずとも、心配かけずにも、自分で乗り越えようって思えるようになってきた。
複雑な気持ちは、何も変わってない所は、変わってない事。
あの人達への憎い気持ちは、いつまでも変わらない。
会いにまで行きました。謝ってもらいました。それでも変わらない憎い気持ちがあります。
まだまだ普通に生活が出来ない時があること。
心臓が変にドキドキしたり、気分が悪くなったり、突然涙が出たり。
先生は、この50回、過去の事を一度も聞いてきませんでした。
「調子はどう?」「元気?」「今週楽しかった事はなーに?」「何処か行った?」
そんな世間話を50回続けたんです。
気分が落ちる時はお薬も使いながらだったけど、リフレッシュの仕方を教えてくれたり。
これからは、過去の事を聞いてくるらしいです。
様子を観ながらだけど。
少しずつ吐き出す作業に入ってくるそうです。
これがしんどい時があるかもしれないが・・・大丈夫かな(汗
50回目だから、今度、とっくんが時間がある時に、お話してみようと思います。
ブログも見てくれてるだろうし。
50回目は、褒めてもらって、これから、吐き出し作業に関して大丈夫だー!と言ってもらいたいんです。
だから、お話しよう・・・。
とっくんに起こった事を洗いざらしにお話をした事があります。
どういう状況で、事細かに、言われた事、された事、お話したんです。
その時にとっくんが最初に発してくれた言葉も、
「るんちゃん、生きててくれてありがとう」って言われたんです。
精神医学を勉強してるわけでもないのに、とっくん、精神科の先生と同じ事を言うって、すごいどー!
さすが、私の好きな人です(はぁと
さーこれから後半。
まだまだ先が長いが・・・少しでも、本当に少しずつでも、階段を上に、登っていけたら良いな。と、心の底から思います。