m(__)m こんにちは
4月になって、春らしいポカポカ日和も増えてきましたね ![]()
さて、今回は雑談です。
最近考えてるのが、どんな練習をするのが良いのかな?っと。
限られた時間を有意義に過ごしたいもんね。
その日の練習で何を得たのか、自分の中の何がどれだけ前進したのかをきっちり説明できる。
そうありたい。
以前から、バドミントンが上達するためのカリキュラムというか。
そういうものが作れないかな?って、ぼんやりと考えていたんだけど。
例えば学校の授業だったら、その1時間の授業の中で教科書の何ページから何ページまで進めるか。
教師は予め決めているはずで。
その授業を受けた生徒は、内容を理解できたかどうかはともかく。
教科書のどこからどこまで進んだか、自覚しているはず。
誰かに質問されたなら、教科書の何ページまで進んだよと答えるよね。
とにかく、前進の痕跡は誰の目にも明らか。
バドの練習もそうでないといけないんだよね。
その日の練習で、一体自分の何が変わったの?
実際変われたかどうかはともかく、何ページ分進んだのかを受け答えられなければ嘘だ。
一般の社会人クラブにはコーチがいないのが普通で。
だから、代わりにカリキュラムを組んでくれる人はいない。
よって自分でそれを組まない限り、堂々巡りのマンネリバドライフが一生続くことになる。
単発の講習会で誰かにレクチャーを受けたとしても、そんなのは雀の涙。
上手くなったような気にはさせてくれるかもだけど、現実それだけでは変われない。
やはり、日々の練習の方が圧倒的に時間が長いわけだし、疑う余地もなくこっちが本命だ。
昨日、ガツガツ姉妹クラブの練習へ行ったんだけど。
ある女性にハイバックの体の動かし方を説明していたら。
『 なぜそんなことが分かるようになったの?』っと、不思議そうに尋ねられました。
ハイバックについては数年かけてずぅ~~っと毎日のように試行錯誤してきたから。
(^_^;) 何年もずっと考え続けていれば、色々分かってくるんだよね;;
女性に説明をしながら、こんなの誰かが教えてあげれば短期間ですぐ上達するだろうに・・・っと。
そんなことを内心思いながらやっていました。
周りにそういう人がいないんだろうね。
また、長年お世話になってきた新バドサークルだけど。
前代表が抜けてからというもの、練習内容もグダグダ化してしまってて。
自分が一番嫌だったのは、同じ練習メニューを1年以上ずぅ~~~っとやってたことです・・・;;
それがどうにも不満で仕方なかった。。
教科書でいうなら、同じページの内容を1年以上ずぅ~~~っとほぼ毎回やってるの・・・;;
毎回・・・そして一年以上・・・こんなの気が狂っちゃぅょ・・・;;
まぁ、具体的に言うと、手投げノックで行う左右出しのヘアピンなんだけど・・・。
やるにも限度ってものがある。。 やり過ぎ・・・、考える頭無さ過ぎ・・・、考える意欲無さ過ぎ・・・。
これを延々と20~30分・・・鉄板メニューとなっててね・・・もう悪夢としか思えない;;
オマケメニューならともかく、これがメインメニューの一部となってたんだよね。
おまけにこの練習、膝への負担も大きくてね・・・。割に合わないなんてもんじゃない;;
個人的には、基礎打ちしてたほうが100倍マシ・・・そう思っていた。
これに費やした膨大な時間、それに見合う価値がこの練習にあったのか?
前代表がいた頃は、試行錯誤しながらも色々な練習にチャレンジしていたんです。
そりゃ中には首をかしげるものも時には含まれていたけど。
でも、”参加者のために何が出来るのか” それを前代表の人は熱心に考えてくれていたし。
こっちにもハッキリそれが伝わってきた。 残念ながら今はそれがない・・・。
何のために?誰のためにそれをやっている?・・・それが分からない。
話を戻して、、
社会人クラブでは、ついついゲーム練習がメインになってしまうんだよね。
ゲーム練習というのは総合演習問題みたいなもんで、全ての要素が詰まってるけど。
いつも同じとこで間違いを犯し、でも次にまた同じとこで同じ間違いを繰り返してしまう。
これは特定の分野が弱いからそうなるわけで。
本来は、その分野を切り出して、その部分の教科書何ページ分をやり直さなきゃいけない。
つまり、ゲーム練習というのは弱い部分を見つけるために行う点検作業であり。
その点検で見つかった弱い部分を強化するために行うのが、日々の個別練習だ。
だからゲーム練習ばかりするのは、全くのナンセンス。
見つかった弱い部分を日々の個別練習で強化して、そのあと改善されたかを確認するためにゲーム練習をする。
点検と確認、それがゲーム練習の役割だと思う。
明確な目的もなくゲーム練習を繰り返すのは、練習効率が悪い。
勿論、皆それを分かっていながらそうなってしまうのが、社会人クラブの悲しい性なんだけど;;
さて、そうなってくると必要になるのは教科書だ。
TVドラマに例えるなら、仮に全24回とかの連続TVドラマのストーリー。
たった24回でクライマックスに辿り着くのなら、それぞれの回に無駄なエピソードは入れられない。
個々の回にしっかり意味ある伏線を盛り込んで、真っ直ぐラストへ向かっていく。
同じエピソードを無駄に繰り返してる暇なんかないよね。
バドもそうでありたい。
週1回でバドやってるのなら、年間で練習回数は計50回ちょぃしかない。
全50回の連続TVドラマだ。
教科書でいうなら、全50ページの教科書。
今日の練習ではどこが何ページ進んだのか、自分で解っていたいね。
m(__)m そんなことを考えています。