5月23日に注意と書きました、15時55分
茨城県 震度4。どうも、翌日に起きる地震の情報の
ほうが、みなさんにとって、重要な感じがします。
なので、出来るだけ起きるまでの時間が忘れない
程度の予知にしていますが、
わたしなら、最低3ヶ月前に分かった方が有難いのです。
まず、荷物の整理、家具の固定ガラスや陶器の生活用品を
最低限に片付け生活しますし、あぁ、ここ4~5日だな
と分かれば自分なりに起きる場所の特定をし、
そこから離れます。一応、三脈法や確実に分かる
他の術を使って。
これから先は、局所的に地震が起き始めます。
やりたかったこと。先延ばしにしていたことをやりましょう。
あなたの命は誰も保証してくれないばかりか、
あなたという存在まで、平気で自らの記憶から消す
人間が増えてきているのですから。
こんな、やさぐれた内容のお話でごめんなさい。
みなさんが、日々の生活で幸せを感じられるよう
祈っています。 今日は、ごめんなさい。
ありがとうございました。
さみと出会ってから、何かが変わったという実感は
1つも無く、いままでどうりの日常が過ぎていた。
あの時の、なにか分からない「全てが許された感覚」は
何だったのか? 「もう十分だ!」と魂から感じたと
思った感覚はなんだったのか?
そして、次の日から、さみは毎日22時前後に私の治療院に来た。
もちろん、さみは幽霊やオバケの類ではなく、かわいらしくも
美人という感じが強い女性だった。
差し出したアンケート用紙の氏名に 「さみ」
と書いてあったので。 わたしは、すんなり受け入れることにした。
いつもは、そんなことはしないのだが。
あの、さみさん? お金を頂くこちらとしては、毎日
いらして頂くのはありがたいのですが、正直申しまして
毎日、施術をおこなうことは、さみさんの お身体に
良いこととは、言えません。
せめて、一週間あけたらいかがでしょう?
その当時、わたしの治療院は一時間6300円で、
とても手頃とは言えない価格である。
それを、休みの木曜以外の、毎日、通ってくるのである。
アンケートには彼女の住所は書かれておらず、
どこに帰えるのかは分からなかった。
さみと初めて会ったのは、秋葉原の通り魔事件の数か月前のことだった。
さみはアキバのメイドカフェのメイドさんだった。
だったのだが、風俗嬢でもあったことは私しか知らない。
「あの~、まだ大丈夫ですか?」
夜の10時過ぎ、予約のラストも過ぎていた。
22時も過ぎると、神田駅周辺からは人がいなくなり始める。
少し不気味な日常の一コマであるが、それ以上に
私の治療院の周りは、治安が良くなかったように思う。
そんな所に、若い女の、やや舌たらずな声だった。
「もう、閉める時間です。」
私は入口のドアに向かい、動けなくなった。
若いメイド姿の女が泣きながら立っていたからだ。
私の姿を見て彼女は声を上げて泣き始めた。
「ちょっと!、、ねぇ!」 こちらにしては、
待ってくれとと言う感じだった。 だが、なぜか彼女から目が離せなくなり
そして同時に、なぜか分からない。
本当になぜかは分からないのだが、
私は全身からチカラが抜けるように、ひざからくずれ、
床につっぷして涙が止まらなくなってしまったのだ。
私は、ずっと待っていた何者かに出会えた悲しみ?に
「もう、いいや。もう、いいんだ。」 と泣き崩れてしまった。
わたしは、これ以上のことを望まなくていいこと?を
わたしの魂のようなものが理解したような気がして、
いままで張りつめて生きてきた、なにかから解き放たれた。