売春宿の中らしい。
私が部屋の隅でうずくまっていると客がやって来た。あぁ、またかと思う。
その男はポケットから次々に石を取り出した。
鮮やかな縞を光らせたメノウ、薄荷の香りのするようなうす緑のヒスイ、きらきら輝くダイヤモンド。甘さを湛えた桃色のサンゴ。金をちりばめた華やかな孔雀石のビリジアン。心を貫く深い蒼のラピスラズリ。ピジョンブラッドのルビー…
そうして私の手の平に一つずつ乗せてくれるのだった。両の手から零れ落ちそうになってそれでも積まれてゆく…アメジストの紫、水色のトルマリン…夢見るようなオパールの輝き…
そして目が覚めた。
たった今見た夢を反芻する。視覚の記憶が懐かしかった。
あんなきれいな宝石をもう見ることは出来ないのだろう。
宝石店に眺めに行くなんてプチブル呼ばわりされたから、何時も独りで見つめていた懐かしいきれいな宝石。
なぜか夢の中で宝石をくれた男に心当たりがあった。
その客は入り口近くでしばらく私の様子を観察した後、近づいてきた。
言うなりにしたほうがいいのだろう。そんな諦めが強い時期だった。もう顔を上げる気力も湧かなかった。
客は私の隣にすっと座り、慰めるように私の頭をなで始めた。
ずっと、ずっと、ずっと…
私は自分のひざを抱えたままその客に頭を撫でられて…いた。
あそこでは規定の時間の10分前になると内線の電話がかかってきて時間を知らせる。
男は電話を取った後、結局私を抱かずに出て行った。
帰り際、一瞬私たちの視線は絡みついて、慰めてもらったせめてものお礼に私は軽く頭を下げた。
いつもとは違う意味で心が痛かった。
すっかり忘れていたけれど、もしかしたら一度だけ来たあの客が男なのだろうか。
まさかね。だとしたらどうなのだ。今の状況がどう変わるというのだ。
いつの間に寝入ってしまったのか、改めて昨夜のことを思い返してみる。
男の手をとって胸に乗せてそのまま眠ってしまったのだろうか。どうもおかしい。
いろいろ考えた末に飲まされたコーヒーの中に睡眠薬でも入れられたのだという結論に達した。
そう言えば心なしか頭が重い。だからおかしな夢を見たのだ。
朦朧とドアの前に向かい朝食のトレイを探る。
無い。
私はパニックになった。ソファの前のテーブルの上も探した。
ない、ない、無い!どこにも無い!
どうしよう、このまま放っておかれたら私はここでミイラになるのだろうか。
おぞましい想像がいくつもいくつも浮かんだ。
落ち着こう、昨日は比較的早い時間に休んだのだから、きっと早く目覚めてしまい、まだ朝ごはんの時間になっていないんだ。今にまた来る。
それでもどんどん不安になってくる。ともかく、もう挑発的な行為は止めよう。大人しくしていようと、心に誓う。
待っている時間が無限に思える。どんどん不安が募ってくる。
あぁ、もう気が狂いそうだ。あぁ、早く狂って欲しい。こんな生活にはとても耐えられない。
歌おう、何か歌おう。
口をついて出てきたのは童謡だった。
あかいくつ はいてた おんなのこ いじんさんに…
いまでは 青い目になっちゃって いじんさんのお国にいるんだろ…
これは自分ではないか。馬鹿、馬鹿。
私は頭を振って、何かもっと元気の出るような他の歌をと考える。
カシャ、カシャ、ガチャ。その音に振り返る、男だ。
ドスン、ドスンと重たい荷物を置く音がした。