〜ガレージとカフェの間で〜


––お疲れ様です☘️


昨日から、友達のこと、ガレージのこと、そしてレストアの作業のことを考えていました。


磨かれて輝くボディ。
友達は「完成したら初心者レースに出すんだ」と言っていました。
その言葉が、私の心の中に情熱として残りました。

私はまだサーキットで走る勇気がありません。
でも、あの車の中にもう少し長く座っていたい。
たとえまだ完成していなくても。

友達と一緒に車を作りたいと思いました。

実は、昔から自分のレーシングカーを作るのが夢でした。

故郷に戻る前、
私は日本で働くチャンスをもらい、
合わせて10年間、日本で暮らしていました。

最初に日本へ行ったのは19歳の時。
日常の中から日本語を覚え始めました。
日本の人たちは本当に親切で、出会う人みんながまるで先生のように日本語を教えてくれました。

日本に着いたばかりの頃、自転車で道に迷ったことがあります。
暗くなって道がわからなくなり、遠くまで来てしまいました。
でも、道を聞いた人みんなが優しく「まっすぐ、まっすぐ」と教えてくれて、
その夜、無事に目的地に着きました。

帰り道の街灯の光がとても美しく、
まるで天国への道を走っているように感じました。
その日、私は「まっすぐ」という言葉をしっかり覚えました。

それからの人生で、大切な出来事が訪れました。

4年後、とある社長さんに声をかけていただき、
カ―ショップで働くチャンスをもらいました。
会社員として採用され、ビザも3年延長できました。

ちょうどビザの期限が切れて、帰国して兵役に行かなければならない時期だったので、
本当に嬉しかったです。

私は「仕上げ」の部署に配属され、
納車前の車の洗車や内装のクリーニングを担当しました。
この仕事に誇りを持っていました。
この街の一員として働けることが嬉しかったです。

そして何より幸運だったのは、
その職場で日本語の読み書きを学べたことです。
一緒に働く仲間たちは皆、私に日本語を教えてくれました。
仕事をしながら先生のように。
今でも彼らには本当に感謝しています。

その職場で3年間働いた後、
友達の友達が日本に遊びに来て、私は通訳として案内をしました。

その友達はスポーツカーが好きで、
私に「スポーツカーやクラシックカーが並んでいるショップへ連れて行って」と頼みました。
そこは静かで、とてもかっこいい場所でした。

そして幸運なことに、その日そこでオーナーと出会い、
新しい職場として誘ってもらえたのです。

私はその後3年間、
レーシングカーやクラシックカーの洗車・仕上げを担当しました。
とても楽しく、穏やかで幸せな時間でした。

ホイールを拭き、タイヤを磨き、
マフラーの先の水滴を丁寧に拭き取る。
その瞬間が好きでした。

私はレーシングカーに魅了されていました。
いつか自分のレーシングカーを作りたい——
そう夢見ていました。

日本に滞在したのはちょうど10年間。
そのとき私は29歳でした。

だんだん故郷が恋しくなり、
社長に「実家の畑でレモン農園を始めたい」と伝えました。
田んぼしか持っていませんでしたが、それが私にとって唯一の財産でした。

帰国して4年が経ち、
少しずつ田んぼを果樹園に変えています。
黄色いレモンが好きで、
いつか自分のレモンでドリンクやケーキを作って、
カフェを開きたいと思っています。

日本で慣れ親しんだカーショップのような場所を思い出します。
カフェの収益でガレージを作り、
友達が立ち寄れる場所にしたい。

そうして、私は「ガレージカフェ」を作りたいと思うようになりました。

でも時々考えます。
もしあのまま日本に残っていたら、
今ごろ自分のレーシングカーを作り始めていたのかな、と。

今の私は、ガレージ、カフェ、そしてレーシングカー——
この三つの夢を同時に追いかけています。
少し欲張りでしょうか。

最初のカーショップの社長が言ってくれました。
「夢を見てもいい。でも現実を見て考えなさい」と。
——現実に。

友達の家から帰ってきてから、
私はずっと友達の作っているレーシングカーのことばかり考えています。
庭の小道を整えることよりも。

本当に、もう一度あの夢を追いかけたくなりました。
すっかり忘れていた、あの夢を。

 「夢は、時々、遠回りして戻ってくるものですね。