あれから一年
得たもの
僕は、去年の夏から今年の夏までアメリカはオレゴン州ユージーンという街で交換留学を経験した。僕が一年間籍を置いたのは、州立のユニバーシティー・オブ・オレゴンという、様々な学部や学科を併せ持つ総合大学である。僕がこの一年間を通じて学んだことや得たものははあまりに多い。少し大袈裟かもしれないが、それらは恐らく僕の生涯を通して決して色あせることのないものばかりだ。ここでは、たわいも無いが、僕が「得たもの」を実感できた一こまを紹介したい。
日本に帰国する十日前くらいであったろうか、僕は居候していた友人宅にお気ほど近いに入りのカフェへ朝食を済まそうと足を運んだ。当時、朝からきちんとしたものを食べて健康な体で日本に帰国しようとしていた私にとりそのカフェは理想的であった。ブレッド、スクランブルエッグ、ミニサラダ、ベーコン、スチームドポテト、メロン、イチゴ、そしてコーヒーもついて五ドル五十セントのモーニングセットは豪勢で魅力的であったのだ。その日も、いつもと同じようにそのカフェを訪れた。しかし、時間帯が早かったのか、客席はおじいちゃん、おばあちゃんで埋まっていた。特に毎日を格別なものとするような大きなイベントもないこの町で、どうやって日がな過ごすか相談しているのだろうかと思いながら隅の二人がけの席に腰をおろす。着席して間もなくテーブルを挟んで自分の前に一人のおばあさんが正対して立っていることに気付く。とりあえず、親しげに挨拶をする。一通りの互いの挨拶がすむと、彼女は僕に笑顔でまた語りかけてきた。どうも僕と朝食の席を共にしたいらしい。僕は断る理由も無く席を勧めた。彼女は礼を言って僕の前の席を埋める。よくよく見てみると彼女は白いジーンズに、白いカーディガンを羽織った上品ないでたちで、知性的な顔立ちをしている。僕が日本人であることや、オレゴン大学へ留学生として約一年間ユージーンで過ごしたこと、この町は特に何かあるわけでも無いが、穏やかな気候で過ごしやすく、行き交う人々はみな親切で、大好きだということを話した。すると、彼女は少し前のめりの姿勢で、興味津々に「そう」と応えて、彼女自身のことについて語り始めた。自分はオレゴン大学ではないが、LCCというユージーンにあるまた別の大学でwritingを教えていた講師であったという。そして今は定年退職して気楽に暮らしているということだった。その後は正確には覚えていないが、たあいもない話をして二人はもりあがったと記憶している。
二人とも食事が終わり、話もひと段落すると勘定を店員に頼んだ。そのときに、思いもかけないことが起こった。なんと彼女が僕の朝食代まで払というのだ。僕は、「それは申し訳ないし、貴方にそのようなことされる謂われはない」と固辞したが、彼女も引かない。そうこうしているうちに、彼女は勘定票を強く握って私に向かって一こと諭すように言った。「もし、日本で困っているアメリカ人の女の子を見かけたら、きっと助けてあげてね」と。私は結局彼女のその言葉に負けて、朝食を彼女におごってもらった。彼女とはカフェの玄関で別れたきりで、名前さえ知らない。しかし、彼女とのこの些細なエピソードは僕の心に強く残っている。彼女と臆することなく英語で会話し、互いの考えをクロスオーバーさせ、相手と多少なりとも分かり合えたと強く実感できたからである。一年前とは違う自分、成長した自分を発見できたからである。僕の留学は間違ってなかったと心のそこから思える瞬間であった。
ほぼ一年前のあの日、九月十三日、僕は成田空港を飛び立った。そして十一ヶ月後、同じ空港から帰国を果たした。帰りの飛行機は、一年前よりもいくぶん重かったに違いない。僕は多くのものを得、持って帰ったのだから。

