自分がやってきたどんな習い事よりも、言葉を紡ぐということを得意にしている人は
たぶん、たくさんいる。
誰もがこの道具を使用する権利を持ち、あまりある時間を共にしている。
『生きてれば、辛いこと、悲しいこと、苦しいことに遭遇します。ただそれも人生なのです。』
こんな言葉ばっかりをみて、聞いてきた。
死にそうな人間の目の前に現れる魔物からなんとか助け出そうとする人間は、こんなことばっかりを口に出す。
正直、人生について何千回も思考を繰り返してきた結果、途中放棄する人間が多いと推測しているので、
このような言葉は、多分その思考の中では何度もたどり着いたゴールの一つにしかすぎない。
つまりこんな言葉もらったところで、と思ってしまう。
言葉は、発した本人にすらまやかしをかけてくる。
がんばれ自分、と言って励ます行為は自称QOL向上系インフルエンサーになるための仮面の一つだし、
暑い日に寒いと言ってなんとか誤魔化す行為はこの世の小学生みんながやっていることだろう。
だから、ふとした瞬間に言葉が脳みそから出ていることが不思議に思われるのだ。
なんで同じところで処理する’感覚’が発した言葉によって誤魔化されるのか?
じゃあ、言葉の方が強いということ?
私は考え事を常にしているタイプだし、考えることが時に人生の目的であるように感じているタイプだ。
思考、脳みそを宝物のように扱うし、心は人間の本質だと思っている。
でも、青く光ってる感情は言葉にしなきゃ輝かない。
心は、思考は、言葉を以ってより輝く。
願い。
叶えたい。
まっすぐでいたい。