AtsushiShizumiのブログ

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湯河原の椿ラインで個人タイムトライアル形式のちょっとしたヒルクライム会(タイム測定会)を私個人の主催で開催します。


参加者を募集しています。(エントリーフィー不要)

コースは神奈川県足柄下郡湯河原の椿ライン(75号線)、大観山(MAZDAターンパイク箱根終点)まで。

距離約13.5km
獲得標高750m
平均斜度 5.6%

 


 

altimetry

 

 

 

ルートラボのコースマップはこちら http://yahoo.jp/gn6dTJ

 

 

 

ゴール地点の大観山からは芦ノ湖と富士山の絶景が楽しめます

 

 

 

以下はあくまでも計画段階のことですが、

来年6月下旬~7月上旬予定で湯河原で同コースを用いた本格的なヒルクライムレースの開催を計画しており、今回はそれに向けたシミュレーションに当たります。
来年のこのレースは、Fuji-Zoncolanに関連したイベントにしたいと思っています。


 

Fuji-Zoncolanって?
日本とイタリアが「修好通商条約」締結して150年を迎えることを記念し、Giro d'Italiaでも知られる「ゾンコラン峠」がある「フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州」と、その難斜面に匹敵する「ふじあざみライン」ツアーオブジャパンの名物ステージとして海外にも知られた名峰富士山を有する「静岡県」が自転車を通じた観光交流を行うことを目的とした都市提携。2015年より活動が行われています。

本年度はツアーオブジャパンの富士山ステージと同じコース「ふじあざみライン」を使った『FUJI-ZONCOLAN ヒルクライム in 小山町2016』を開催しました。


Nippo・ヴィーニファンティーニHP TIPICSより、
Fuji-Zoncolanヒルクライム in 小山町にゲスト参加


2017年はイタリアで行われるサイクルフェスタ「Calnia Classic International Fuji-Zoncolan」に日本から参加するツアーが、JTBから実施されます(8月26日出発31日帰国)
イベントの目玉となる、Giro d'Italiaのコースにもなった、ゾンコラン峠を含むグランフォンドのほか、ヒルクライムレース、MTB、ナイトランニングなど、一週間かけて開催される、大規模なサイクルツーリズムイベントです。
本場のグランフォンドはレースに近く、実際に競技部門としての出走者もいます。Giroと同じコース、風景、雰囲気の中を走者の一人として参加するのは、日本人にとっては夢のような経験です。

 

Carnia Classic International Fuji-Zoncolanのプロモーションビデオはこちらhttps://youtu.be/dYm-lzqrhmE
 

 

湯河原ヒルクライムレース優勝者の副賞として、このCarnia Classic International Fuji-Zoncolanツアーに参加し、メインイベントのグランフォンド参加はもちろん、前日の土曜日に行われるZoncolan Hill Climb Raceに、日本を代表して出走してもらう。

 

ということを計画しています。

 

その足掛かりとなるのが今回のTTチャレンジです。
来年の椿ラインヒルクライム実現に向けて(地元警察の道路使用許可を取るにあたり、今回のTTチャレンジの実績が評価されます)

 

皆様のご協力、ご参加をお待ちしております。

 

開催要項:

日時2016年12月3日(土)   AM8時現地集合(集合場所は追って連絡します)

レース開始  AM9時(荒天の場合中止)
数分おきにスタートする個人タイムトライアル形式です。

タイム計測用チップを使ってのタイム測定を行います。リザルトはwebでアップします。

一般自動車と並走ですので、安全には十分留意してください。
 

全出走者の完走後、簡単な表彰式(シャンパンファイト)を予定しています。
参加賞(検討中)

レース後は流れ解散

大観山から芦ノ湖側に降りて箱根周辺、または箱根峠から十国峠、熱海側に抜けてのツーリングなどを楽しんでください。日帰り温泉施設も充実しています。
 

募集人数: 30名
 

参加ご希望の方は   donshizumino@gmail.comまで

主催者

静観篤(Shizumi Atsushi)

090-5679-0447

 

最後に、

なぜ私がFuji-Zoncolanと、それを主導している組織のCarnia Bikeにこだわってこの計画を実現したいのか、

 

 

その先には、ロード乗りなら誰もが実現を望む、とても大きな”夢”が見え隠れしているからです。

 

 

 

そのヒントはこれです。

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現在は計画がとん挫したようですが、皆さまにも周知だったと思います。

http://www.cyclowired.jp/news/node/183118

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




沖縄に来て一番印象に残ったのは、美しい海ではなく、沖縄に吹く風でした。

 

沖縄はが強いです。なんでも平均風速で全国1位だそうです。

年間を通して、常に風速5m近くの強風が吹いています。

 

ロードバイクで走ることはある意味、空気との戦いです。風速5mの風による影響で、向かい風と追い風時の巡航速度は約半分になるほど差がでます。

 


沖縄をサイクリングして、強い向かい風に長時間さらされながら、沖縄の人々はいつもこの風と共存しているのだな、彼らにとって風はどんな存在なのだろうか、などと思いを馳せていました。





沖縄は海の美しさもさることながら、空が青いです。島に吹く、これだけ強い風は、澱んだ大気が滞留することなく、いつも浄化された、美しい青空をもたらしてくれます。





しかし、沖縄にとってのは、災いをもたらす忌まわしきものだったのだろう、という印象が私にはあります。

台風による被害は、農作物に甚大な被害はもちろん、生活に支障を与えます。島民が常にその自然の脅威にさらされ、対抗してきたのは言うまでも無いでしょう。


  
 
赤と白の屋根が特徴的な沖縄の伝統的な家屋は、風の影響を抑えるために屋根を低くし、また瓦が飛ばされないように白い漆喰で固めています。


 

また、家屋の周囲や、集落の道は珊瑚に由来する石灰岩の石垣で囲われていますが、これもまた、風対策のためでもあります。


 
  

すなわち、沖縄の伝統的な集落や建物は、それ全体として、強風をいなす構造になっています。

強風を防ぐだけでなく、建物を建てる際には、風通しの確保や効果的な風の取り込みのために、建物の向きや、風の出入り口の確保をよく考えられていることでしょう。

また、沖縄の有名な魔よけのシーサーは、本来は風水で言うところの鬼門、邪気が出入りするという、北東の方角に向けて置くのが一般的だそうです。





シーサーのような風水的なものに限らず、”風=邪気”という沖縄の思想を示しているのが、シーサー同様に沖縄の伝統的な魔よけの、石敢當です。


 



石敢當(いしがんとう)とは、沖縄で民家の塀や道路など、「石敢當」と書かれた石板をよく見かけます。一見すると”石敢當”さん家の標識みたいですが、実はこれも魔よけです。最近ではシーサー同様沖縄の伝統的なお土産としてもてはやされているようです。


 


沖縄地方の信仰によると、魔物(まむじん)は直進する性質を持ち、急停止はできない。T字路や三叉路などの突き当たりにぶつかると向かいの家に進入します。そのため、道の突き当たりに石敢當を設けて、魔物のが家に入ってくるのを防ぎます。まむじんは石敢當にぶつかると、砕け散って消えてしまうそうです。


 



まっすぐしか進めなくて、急停止できない魔物って、きっと「風」のことなんでしょうね

 


伝統的な建物の話しをしましたが、戦後になって建てられた、近代的な建物も沖縄はなかなか特徴的です。

まず、沖縄は本土以上に、コンクリート造の建物が目立ちます。台風に強いからでしょう。そして、その外壁や柱は幾何学模様の透かしの装飾がされています。





なんだか涼しげで華やかなこの建材は「花ブロック」といい、涼風を通しつつ、強い日差しと視線を遮る、優れた建材として注目を集めているそうです。

  



花ブロックは、沖縄の伝統的な織物である(かすり )から着想しています。


  


風をうまく通して機能的で、かつ見た目も涼しげな絣を建物にまとわせて、見た目にも、また実際にそこで暮らす人にとっても涼しくなるだろうという考えから生まれたそうです。

 

沖縄の織物つながりでなんですが、
“涙そうそう”の大ヒットで有名な石垣島出身の夏川りみさんのアルバムのタイトルの多くには「風」という言葉が使われています。
ちなみに、彼女は“芭蕉布”という有名な沖縄ソングも歌っています。
芭蕉布は芭蕉の葉の繊維を編んだ織物で、麻に似たさっぱりした風合いが特徴で、その技術は、国の重要無形文化財に指定されています。

 



今回、夏川りみさんの包み込むような美しい歌声にすっかり虜になりました


 



このように、沖縄では様々な形で風と関わりを持ち、その風が沖縄の文化を特徴づけています。

 



最後に、沖縄を代表する名曲のひとつ、THE BOOM「島唄」について紹介します。
この曲、伝統的な沖縄民謡のカバー等の類ではなく、宮沢和史さんが作詞・作曲したオリジナル曲で、93年に発表されました。

宮沢和史さんは沖縄出身でもないのですが、実はこの曲、沖縄の地上戦を生き延びたおばあさんの体験談に強い衝撃を受け、沖縄での悲劇を知った同氏が、戦争と平和へのメッセージを込めて作ったそうです。

この曲の真の意味については、結構周知されていたのでしょうか?
自分は、なんとなくは聞いていたような記憶はありますが、今回、沖縄のことを調べていく中で改めて詳しく知り、とても心に響きました。



この曲の歌詞にも“風”が多く使われています。 私は特に、出だしの歌詞の、

~でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た~

1945年春、でいごの花が咲く頃、米軍の沖縄攻撃が開始された。)

の部分を聞くにつれ、沖縄の県民にとって、“鉄の暴風”と呼ばれた、おびただしい数の飛行機による恐ろしい空爆も、やはり忌まわしいがもたらした魔物だったのではないかと思うのです。
ちなみに沖縄では、でぃごの花がたくさん咲く年は、台風の当たり年で荒れるという言い伝えがあるそうです。




島唄の秘密については

NEVERまとめ THE BOOMの名曲『島唄』の本当の意味とは?

のページを参照して下さい。



■島唄 夏川りみ








最後にもうひとつだけ。





でぃごの花について調べようと、グーグルで“ディゴ”画像検索をかけてみたら、

真っ赤な美しいでぃごの花に混じって、なぜかサイクリストの写真が1枚…








 なんだこの胸毛ぼーぼー・・・

 


(リンク先のページを開いてみる)

 


おや、これは・・・


 

今年5月のツアーオブジャパンの富士山ステージで驚異的な新記録で大活躍した、


 

ポルセイェディゴラコール(イラン)

ではないですか・・・(;・∀・)

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m

 

 

 

 


先日も書きましたが、先月28日から4日間、沖縄滞在してました。




沖縄へ向かう機上から富士山の眺め。 絶景です



初日は那覇から名護市、本部半島の海洋博公園(美ら海水族館があるとこ)まで87km。
翌日は島の南側)に出て、うるま市にある海中道路で平安座島に寄り、那覇まで戻ってきました(130km)

  

天気は快晴、気温は30°近くて暑かったし、
沖縄は予想に反して、アップダウンがかなり激しかったです(´ε`;)
獲得標高は1日目950m、2日目1700m。


しかし、美ら海は噂通りの美しさヽ(´▽`)/


国道58号は恩納村のルネッサンスリゾートオキナワのあたり、登りのあと道を下っていたらいきなり目の前に青い海が広がる風景が見えて、初めて見る海の青さ(つまり那覇は海が青くない)が異様で、視覚効果を使った映画のワンシーンみたいでちょっと身の毛もよだつような感覚でした。
  


翌週にはツールドおきなわが開催され、名護市がスタート地点です。道路もクローズして行われる本格的なもので、那覇のタクシーの運ちゃんや飯屋のお母さんでもレースの事を認知してたし、市民レースの最高峰と言われるだけのオーラが開催前から感じられます。



建築に多少興味がありますので、この名護市役所庁舎は面白かったです。



名護市役所の向かいの名護市文化協会前のアグー像。もののけ姫に出てくる犬神くらいデカいです。




サンセットもええ感じで撮れました



2日目も快晴です。 まずは備瀬のフクギ並木




キャンプハンセン入口でも記念写真


この後、ここから数十メートル先にいた門番の兵隊さんがホイッスルと大声で呼んでるのに気が付く。よくある、口の中に指突っ込んで”ヒューッ”ってやるあの口笛と、「ヘーイ!!」って呼ぶ声がいかにもアメリカ人的な・・・

・・・欧米か(;・∀・)

なんかジェスチャーで「こっちこい」ってやってるので恐る恐る近づいてみたら・・・
(「へーい、サイクリングしてるのかい?良かったら中も見学させてやるよ」とか気さくで気前の良いアメリカンかも? なんて多少は期待してたが)


行ってみたら、イカツイ兵隊さんがめっちゃ怒ってる・・・(;・∀・)


「ココハグンノシセツ、ソンナコトシテハイケナイ」


ってめちゃ英語なまりでなかなか流暢な日本語話してるし・・・


・・・欧米かっ(;・∀・)


「ソノシャシンヲ スベテ ケシテクダサイ」

とか言われてたにもかかわらず、ここに写真が載せてあるのは、ちょっと動揺してたのもあり、削除するフリだけして残してました(;・∀・)
(載せていいのだろうか?)


「ミブンショウヲ ダシナサイ」


そんなの求められても、持ってないって言ったらなんだか奥に連れて行かれそうになるし・・・(;・∀・)
っていうかどこからどう見てもサイクリストでしょ。怪しいモンなはずないから・・・(;・∀・)


「ごめんなさい、もうしません」の平謝りでなんとか危機回避(´ε`;)



・・・気を取り直して道を進めます。

安慶名闘牛場にきました。
イタリアの、地方の小さな円形闘技場やアレーナのような雰囲気です。
もちろん、無人ではなく実際に闘牛をやっているところを見てみたいもんです。



海中道路です。 いや~良い景色。



海中道路はうるま市の離島の平安座島を本島とつなぐ道路で、アメリカ統治時代に平安座島の石油基地のためにガルフオイル社がつくった道路です。


全長4.7kmで一部橋があるものの、海面ギリギリの高さで周りは美しい海の風景に囲まれて、素晴らしい道路です。

風はかなり強いですが。

ガルフ社が行ったこの海中道路の建設は、着工が1971年、開通したのが翌年1972年4月22日。
沖縄が日本に返還されたのが5月15日で、海中道路は1974年に当時の与那城村に無償譲渡されています。言わば、無償譲渡を前提にした道路建設。
返還前後の沖縄には、こういったアメリカ側の、ある意味では沖縄にとっての恩恵とも言える、投資は結構あったんじゃないかなと思います。




うるま市にある丸一食品 塩屋店。 ここのいなり寿司めっちゃ美味いです。



ただでさえあっさりのいなりが更にあっさり味で、もうひとつここの名物のフライドチキンと一緒に食べるとくせになる美味さですo(^▽^)o




国指定重要文化財の中村家住宅(中頭郡北中城村)
古い町並み、建物好きなのでこれははずせませんでした。



重要伝統的建築物郡保存地区(町並み保存地区)は残念ながら沖縄本島には1つもありません。 太平洋戦争の沖縄戦線のため、文化的遺産はほとんど何も残っていませんから・・・・

しかし、沖縄の離島の石垣島(那覇から400km)のさらに離島の竹富島には古い町並みが残っており、重伝建に指定されています。 是非いってみたい!!


中村家住宅から那覇のホテルまでは残り20kmくらい。
向かい風であっという間に到着できました 


実は翌日も仕事の下見で、那覇の南方面へ50km走ったのですが、
写真をいくつかアップします。