爆弾、コンプレックスが爆発しておかしくなることはあるが、自分が抱えている爆弾は、その時爆発するだけでなく、実は普段から自分の行動や考え、振る舞いや感情を支配しているのではないだろうか。
当たり前と言えば当たり前かもしれないが、例えば容姿に自信がない、コンプレックスを持っている人は、見た目の話やファッションを楽しむということから日常的に距離を置くだろうし、人と話すことにコンプレックスがある人は、普段から人と話すことや人がたくさんいるところを避けるだろう。
あるいは逆に、見た目に自信がないために、それを埋め合わせようとめちゃくちゃ見た目を盛るとか、本当は頭が大してよくない自分が嫌なので、普段人前ではいろんなカタカナとか用語を並べたり、なんか頭がよさそうな言い回しを多用する、とか。そういうことも多くあると思う。
これらのことは、自分が抱えている爆弾によって常に起こっていると思う。そしてそう考えると、自分が抱えている劣等感とかコンプレックスというのは、爆弾というより、なんというか癒えない傷のようなものなのかもしれない。
何かクリティカルなことが起きた時にワーーってキレたりめちゃくちゃに落ち込むとか、そういう激しい反応が起きるから「地雷」というのだし爆弾が爆発したように思えるのは確かにそうだけど、それがもし自分にとって触れたくないもの、見たくないもの、直面したくないもののような感じで常にそれを庇ったり避けるような行動をさせているものだとすると、それは急所、弱点のような表現が近いのかもしれない。
なにかクリティカルなことに対して激しい反応をするのは、確かに爆発だけど、それは自分の急所を庇う必死の防御反応なのかもしれない。
よくネットで見る話として、店の店員に突然ブチギレるおじさんというのがあるけど、あれは単に老害とかキチガイというより、実は自分の中の劣等感が激しく反応したものなのかもしれないとも思う。例えばだけど、自分は自分に対して自信がなく、本当は大したことがないやつなんじゃないか、全然評価されないんじゃないか、そんなのはいやだ、みたいなふうに普段から思っていると、やっぱり他人に対して警戒してしまうというか、ちょっとでも自分が軽く見られているんじゃないかと思ってしまうことに出くわすと「違う!自分はそんな軽い人間じゃない!!」みたいに反応してしまうのではないだろうか。
もちろん、そこに起きているのは、おそらく実際には、「普段から直面することを避けている自分の恐怖がぶり返してくる感じがして、必死にそれを押さえつけて否定しようとしている」という反応なんだと思う。
つまり、実際に目の前に起きている事実に自分の劣等感を刺激するきっかけを勝手に嗅ぎ取ってしまう。
もっと言うと自分の劣等感が勝手に「敵」をそこに見てしまうという感じだ。
「おいオマエ!!俺のことデブでブサイクでキモいと思ってるだろ!!!殺す!!!!」
例えばこういう反応があるとき、これはまさに実は自分が自分に対して根本的に思っていることを外の相手とか何かに投影しているということになる。と思う。
実際に目の前の相手が自分のことをどう思っているかは分からないのに。
(怖いことに、例えば上のように「俺のことデブでブサイクでキモいと思ってるだろ」と他人に対してつい反応してしまう人は、だんだん顔つきというか外見というか、そういうものも実際にそうなってしまいそう、というのはなんとなく思う。なぜなら実はそれは自分が自分に対して思っていることだからだ)
ちなみに河合隼雄の『コンプレックス』によれば、「コンプレックス」という言葉は本当は単に劣等感のことを指すわけではないらしい。
この辺もまとめれたら面白いかもしれない。
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