名もなき小さな町に生まれた名もなき男のどこにでもあるありふれた物語。男の名前をさしずめドンキホーテとしておこう
第5話
寝台列車は夜通し走って、通常なら16時間ほどで東京駅に到着するはずだが、ドンキホーテの乗った列車は少し様子が違っていた。トロトロ走っていたかと思えば駅でもない所でしばらく停車してしまう。そんな事を1時間以上繰り返していたが、夜中の12時過ぎ頃からは全く動く気配がなくなった。乗務員に尋ねても「進行方向に問題があるのでその場で待機するように指示が出ています」と答えるだけで、結局朝6時頃ようやく車内放送でこの先積雪の為一旦岡山まで引き返し新幹線で振り替え輸送すると説明があった。
ドンキホーテはどうなる事かと気を揉んでいたが、引き返して岡山で乗り換えた新幹線は寝台列車の到着予定時刻には東京駅に着いて一件落着。
新幹線、寝台列車、それから1度目のアパート探しの折の飛行機も、ドンキホーテにとっては初めての経験、大雪の年の上京はドンキホーテの記憶に深く刻まれた。
遅くなったがこの時、ドンキホーテが参加していた社会人バンドのヴォーカル《ハヤト》も一緒にこの列車に乗っていた。そうなったいきさつをここで説明しておこう。
ドンキホーテの計画では4月に上京するはずだったが、バンドのリーダーでもある6歳年上のヴォーカルのハヤトには早めにその事を伝えておこうと、前年の11月頃ハヤトのアパートを訪ねその旨をうち明けた。ハヤトは「オレも行く」と言う。ドンキホーテは「アパートの経費を折半するならすぐにでも行ける」と答え、その場で計画は前倒しになり、年明けの大雪の日の奇襲行軍となったのである。
無職男2人の同居と言う事も重なり、アパート探しは難航し、霊園会社や友人の父親に世話になりやっと見つけた物件だったが、そんな事とは知らないハヤトは新大久保のアパートに着くなり「狭い」の一言であった。4.5畳と3畳と1畳足らずの台所、共同トイレだから確かに狭いが、新宿で38000円の家賃は当時でもかなり安くて、その割には比較的広い物件だった。
ひととおり引っ越しを終え最低限の生活用品を揃えるとドンキホーテの財布の中はすでに3万円を切っていた。
そんな状況で男2人の東京生活が始まった。