「やればできる」
気持ちいい言葉だ。
だって、
「やればできる」というのは、
いつも「可能性が100%」だから。
頭の中で、
自分はこれもできる、あれもできる
でも行動はしないので、
永遠に、結果は出ない。
要するに、
「可能性」という「ぬるま湯」
に浸かっているわけだ。
一方、
「やればできる温泉」から
出た人は、
あれこれ挑戦していく。
できること、できないことが
次第に明らかとなる。
確かに
「できないこと」が
明らかになるのは、
ツライ。
でも、
その「できないこと」が
明らかになったおかげで、
「それ以外のこと」に
チャレンジできる。
エジソンは、
電球のフィラメントに適切な材料を2万通り試したという。
失敗続きのエジソンに、
「また失敗しましたね。」
との周囲の言葉に、
エジソンは、こう返したという。
「フィラメントに適切でない材料がまた一つ明らかになった。」と。
人生も同じではないだろうか。
挑戦して失敗したということは、
「自分に適切でない道がまた一つ明らかになった。」と。
失敗が増えるということは、
「適切でない道を多く発見している」ことであり、
残りの道に自分の道があると考えれば、
失敗の数だけ、
自分の道に近づいていると。