(。・ω・)ノ゙ コンチャ


ジメジメしますね(-_-)

もうすぐ6月も終わりですね、最高気温も30℃とか…

夏やん( ꒪﹃ ꒪)

夏が来る〜♪大黒さん


オタクは夏が四季の中で2番目にイヤです∑(´□`;) 

1番イヤなのは春です…変わってるでしょ?(°∀°)アヒャ

よく言われますw


さてさて、今日は武将じゃなくて…



皆さんご存知の織田氏!!!




今日は織田氏について書いていこうと思います♪


織田氏の発祥の地は越前国織田荘の劔神社と言われてます。

国人とか死神官とか相変わらず諸説ありますがw

本姓は藤原氏、後に桓武平氏平資盛流とウィキペディアにw


越前守護の斯波武衛家の家臣で、甲斐・織田・朝倉と序列は

家中で2番手の家柄だったとされています。


応永7年(1400)と々12年(1405)に

斯波氏が尾張、遠江の守護も任命されます。

本領の越前と遠江の守護代を甲斐氏 尾張守護代を織田氏にとなり、織田氏は尾張に向かいます。


応仁の乱ごろまでは惣領家の伊勢守家が守護代を務めますが…

斯波氏内も争いになり…

当然、家臣の織田氏でも惣領家の伊勢守家と分家の大和守家の争いになります。

越前でも斯波氏から朝倉氏が守護になったりと…

この辺は面倒くさいので割愛します(*ノω・*)テヘ


そんなこんなで、岩倉城を中心(上4郡)とした元惣領家?の伊勢守家と清洲城を中心(下4郡)とした大和守家とで守護代が

2家になります。

清洲城に主君の斯波氏は居るので実質、大和守が大きい顔w

さらに津島、熱田などの港や門前町?もあり栄えます!


大和守家の家臣に清洲三奉行がいて…

三奉行は因幡守家・藤左衛門家・弾正忠家です。


弾正忠家は因幡守、藤左衛門家とたぶんバチバチでしたw

後に藤左衛門家は弾正忠家につくようになりますが…

筆頭は因幡守家だっらしく…

最後の守護代信友も因幡守から養子に出されたとか違うとか…


弾正忠家は信長の祖父信定の時に津島を支配するようになり

後に戦国大名化する下地(財力)が出来てきます。

その後、父信秀の頃には主家である大和守家を凌ぐ武力・財力を背景に勢力を伸ばします。

祖父・父の下地がしっかりありましたが…

うつけで鳴らした信長さんw

まぁ実際は違ったんですが(σ´³`)σ


大和守や伊勢守、その他諸々を倒したり、追放したりして

遂に尾張を統一と共に織田氏の惣領家?となりました。

その後の信長についてはまたの機会にw


った事で…

信長さんのルーツ?は守護の家来の守護代の家来の出身でしたっ!!!


今回はこれで終わりです(*´σー`)エヘヘ


では、これにて(* ᴗ͈ˬᴗ͈)”