朝から雨ですよ☂o(・ω・。)
梅雨ですもんね…
雨の中原チャリ通勤はイヤだ!!!
こんにちは〜
思ってたより文章能力が無い事が判明致しましたw
いや〜難しいですよねw
そんな戦国オタクのブログを読んで?見て?下さった素晴らしい方がいらっしゃっいまして…
めっちゃ喜んでおります( *≖͈́ㅂ≖͈̀ )
見て下さった方、本当にありがとうございます┏○)) ペコリ
これからも懲りずによろしくお願いします( ᴗ ᴗ)⁾⁾
さてさて、例によって面倒くさく(´ρ`*)ゲフンゲフン
精神の関係で(゚Д゚)アン?
今日に続いてるわけですが…
終わるんかなこれ?w
真田幸隆③始まるよー!
昨日は川中島までさらーっと紹介しましたが…
さらーっとですけど…
書いてみて思ったんですが、幸隆さんが
世間的に知られてない理由がなんとなくわかった気がします。
創作だろうが史実だろうがネタになる話が少ない(_ ・A・)_バァンッ!!
調べたらあるんですよ!あるんですけども…
小説家さんや文章を書く仕事をされてる方ならもっと魅力を
伝えれるんでしょうが、ただの戦国オタクのオッサンなので…
でも知ってほしいんだ!!!
って事で本題へo(ー"ー )コ"ホン
武田家に仕え、成果をだし信頼を勝ち取っていった幸隆さん!
天文22年(1553)ついに旧領の回復に成功しましたヽ(=´▽`=)ノ
真田の地に戻れた幸隆さんは、対上杉の最前線に置かれる事になります。
真田の本領の他に砥石城(戸石)の城番も兼任したり、甲駿相同盟により北条の援軍に行ったりと働きます。
信濃、上州方面の指揮官とかになるんかな?
役割的には今流行りのキングダムでいう大将軍とか三大天とかに近いんじゃないでしょうか(。-`ω´-)
信濃上州の抑え的な役割を担うようになり、合戦は勿論、他家の調停など外交的な事や内政、調略など様々な事を任されています。幸隆さん超有能でしょ?( *¯ ꒳¯*)エッヘン!
その後永禄10年(1567)には嫡男の信綱に家督を譲り隠居して
それ以降の武田の大きな戦、駿河進攻とか上洛作戦には参加はしておらず、信綱をはじめ有能な息子達が頑張ります!
信玄が出家して信玄になったら幸隆さんも一徳斎になり
信玄が駒場で死んだら翌年には幸隆さんも…
砥石城で(戸石)亡くなります、享年62歳
戦国時代の前半に分類されるんかな?
そんな時期を一旦はどん底まで落ちて、仇敵とも言える
武田家に仕え旧領どころか、譜代に近い扱いを受けるまで
出世し、日本一の兵の祖父…←いらんかったかなw
後世に名前を残す素晴らしい武将でした。
では真田幸隆の回これにて (*ᴗˬᴗ)