自分に


『幸せになっていい』


という許可が出せた。




しかし、いままで許可を出せていなかったのはなぜだろう?


小さいころの思い込みだろうか?




最近、イライラしていたことがある。


よくよく探ってみたら


『褒められたい』


という欲求だったようだ。




小さいころ、親に褒めてもらえなかったのだろうか?


そういえば、


『よくやったね』


とか


『えらいね』


と言われた記憶があまりない。




言われくて傷ついた記憶があるわけでもないので


実際に褒めてもらえなかったかどうかはわからないけれど、


どうも私のインナーチャイルドは満足していないらしい。




『褒めてもらえない』


という思いが、


『報われない』


に変化し


『幸せになれない』


『幸せになってはいけない』


となっていったのかもしれない。




『どうせ、僕なんか・・・』


そんな言葉が頭をよぎっていたのかも。





自分が幸せになることを許せないから


他人が幸せになることも許せなくて、


ビジネスも上手くいかせることができなかったのかもしれない。





結局


『よくやったね』


『がんばったね』


『ありがとう』


って言われたいだけなのかもしれない、単純に。




それを信じれて


それを達成できたら


お金も入ってくるよね。




 


 

ああ、なんかわかってきた。



私は、自分が


『幸せになってはいけない』


と思い込んでいたのかもしれない。




これが根本の思い込みで


人生のいろんなところに影響を及ぼしていたのかもしれない。




『幸せになってはいけない』


『幸せにはなれない』




こういう思いが、転じて


『私は人を幸せにできない』


『私は人を不幸にする』


『私は人を困らせる』


そういう思い込みになっていたのかもしれない。




だから、成功が怖かったのかもしれない。


成功しちゃいけないと思っていたのかもしれない。




幸せになる自信がなかったのかもしれないな。




『私は幸せになっていい』


そう思えたから、いろんなことが変わっていくだろう。


自分を許せるかもしれない。


自分を愛せるかもしれない。


自分に自信を持てるかもしれない。




『人を幸せにすることができる』


そう思えるから、仕事や人間関係も上手くいくだろう。


大きな仕事を自信を持ってチャレンジできるかもしれない。


収入が増えることを許せるかもしれない。





ああ、人生、楽になってきた。

 



いわゆるソーシャルメディアの時代になってきて


Mixiやら


Twitterやら


ブログやら


Facebookやら


いろいろと情報発信と自己表現の手段は増えてきたけれど


必ずしも本音を伝えられているとは限らないなぁ。




私も、Mixiはともかく、


TwitterやFacebookで


本当の本音を書けないことにイラついている。



本音というか、素の自分というか。



不安とか弱音とか愚痴とか


おちゃらけた自分とか、だらしない自分とか


あー、とか、うぅ、とか


そういうのがスッと出せたらどんなに楽か。




でもクライアントが見てるかもしれない中で


見込み客が見てるかも知れない中で


そういうのはあんまり出すことができない。



でも、本音を隠してうわべだけの言葉で発信しても


人は信頼しないし、寄ってこない。




本音と建前の板挟み。


あー、どうすりゃいいんだ?



こりゃ、自分の中の問題だけなのか?