それは「自転車で坂を登る」だ
うちの近所には小金塚と呼ばれる場所がある
ここは山を削って住宅地用に開発された場所なのだが、おおよそ人が住むのに適していない様相を呈している
というのも山を削ってできた土地ということもあり斜度10%ほどの坂が延々と続いているのだ
ふもとから住宅がある一番上までは1キロ程あり、そこまで平らな道などない。
頂上付近には小学校時代の友人も住んでいたはずだが...よくこの道を通って小学校に通っていたものだと感心する
そんな小金塚を小学校時代は何の用事もなくただただ自転車で登ることが好きだった。
小学6年生には見合わないサイズで意味があったのか変わらないサスペンションがついたマウンテンバイクっぽい真っ赤な自転車
それにまたがってひたすら頂上を目指して走っていた
最初のころは途中休憩しないと登れなかったが、だんだんと足をつかずに登れるようになっていった
何回登ってもその達成感たるや
別に頂上から壮観な景色が見えるわけでもないのだが、足元に見える下り坂を見ると大きな達成感に包まれた。
休憩なしで登れるようになると馬鹿なことをし出したことを覚えている
一日に何往復できるのか...サドルを外して漕ぎながら休めないようにしよう...
いつの間にか小金塚にどっぷりはまってしまっていた
中学に上がり、新しい自転車を買ってもらった
GIANTの黒いクロスバイク(これは今現在も愛用している)
新しい自転車を買ってもらってより一層小金塚に通ったかといえばそうでもなく、むしろ行かなくなってしまった
原因はおそらく中学生に上がって行動範囲が広くなったからだと思う
小学生の頃は一人で行っていい範囲が決まっていた
まだまだ小さい子供を遠くまで行かせたくないのは親として当然だが、自転車が好きだった自分にとっては大きい圧力だった。
それが解放された中学生になった瞬間、意識が向いたのは近所の急な坂ではなく、どこまでも続く道を走り続けるロングランだった
ごくごくたまに思い出しては通っていたような気もするがほとんど記憶にない
そんな忘れられた小金塚
だけどあの頃の思い出が詰まった小金塚
また走りに行くようになったのは中学で不登校になり鬱々とした生活を送り始めてからだったかもしれない
不登校ではあったが外に出ることが嫌いなわけではない
むしろ一か月、二か月引きこもり続けると無性に外に出たい欲求が高まっていく
そんな時に衝動的に外に飛び出して、あの場所に向かって自転車に乗っていた
この経験が今でもそうさせるのか気分が落ち込んだ時には小金塚を登る
小学生の頃より体力が落ちたのか、昔ほど走れない
だけど登り切った時の達成感とあの頃の何にでも楽しめた自分を思い出して少し感傷的な気分に酔って頂上に蹲る
そして駆け下りていく下り坂の爽快感にすべてを溶かして私は家に帰る