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 74人が犠牲になった広島市北部の土砂災害で、発生当日(8月20日)の市幹部の登庁の遅れが指摘される中、安佐北区の藤本誠区長も区役所からの電話連絡に気づかず、登庁が午前6時40分と大幅に遅れていたことが分かった。同区では副区長が4時15分に最初の避難勧告を発令していたが、改めて市の危機管理体制が問われそうだ。土砂災害は20日に発生から2カ月を迎える。

藤本区長によると、8月20日午前2時前、区役所から携帯電話で災害警戒本部設置の連絡を受けた。その後、居間に携帯電話を置いたまま別室で寝ていたため、午前3時40分に区役所から、午前4時50分には副区長から電話があったが気付かなかった。目覚めて折り返し電話をしたのは午前5時48分だった。区長が携帯に連絡するよう指示しており、自宅の固定電話への連絡はなかったという。

 市の検証部会によると、安佐北区は20日午前1時35分に区の災害警戒本部、午前3時半に災害対策本部を設置。午前4時15分に最初の避難勧告を発令した。区内では、午前4時台に生き埋めや家屋内の閉じ込めなど119番通報が相次ぎ、可部東では3歳の男児を救出しようとした消防士が土砂崩れに巻き込まれ、死亡する事態も発生していた。

 区によると、地域防災計画は災害対策本部の本部長を区長とするよう規定。避難勧告は市長またはその代理の区長が発令することになっているが、区長に連絡が取れず、副区長が消防と協議して発令した。藤本区長は「申し訳ないことをした。二度とこういうことがないようにしたい」と話している。

 広島市では松井一実市長が午前7時15分、危機管理監を兼ねる荒本徹哉副市長が午前6時半ごろに登庁。市議会などで危機管理体制の甘さが問題視されている。


2014年8月20日午前3時20分から40分にかけて、局地的な短時間大雨によって安佐北区 可部安佐南区 八木 ・山本・緑井などの住宅地後背の山が崩れ、同時多発的に大規模な土石流 が発生した[6] 。4時20分頃には可部三丁目付近で根谷川が氾濫した[7]

広島市災害対策本部のまとめでは、8月22日時点で少なくとも土砂崩れ170か所、道路や橋梁への被害290か所が確認された[8] 。また国土地理院が8月22日までに航空写真を解析した結果、安佐南区から安佐北区にかけての約50か所で土砂流出が発生したとみられている[9]

行方不明者の捜索は約1か月間に及び[10] 、両区の被災地域での死者は74人、重軽傷者は44人に上った(広島県災害対策本部、9月19日16時発表)[4] 。この死者74人という数は、国土交通省の発表によると土砂災害による人的被害としては過去30年間の日本で最多であり、1983年7月に島根県 西部で87人が死亡・行方不明となった豪雨(昭和58年7月豪雨 )による土砂災害以来の大きな人的被害となった[11] [12] 。また広島県全体では、両区を主として、133軒が全壊したのをはじめ330棟の家屋が損壊し、4,100棟以上が浸水被害を受けた(広島県災害対策本部、9月19日16時発表)[4]

土砂流出発生前から複数の通報が寄せられたが[6] 、安佐南区山本地区では3時20分に崖崩れの通報があったにもかかわらず広島市からの避難勧告の発令は4時30分になっており[13] [14] 1999年 に発生した6.29豪雨災害 の教訓が生かされなかったと指摘された[13] [14]