七夕の日に紹介した織姫と彦星のような挿話を、かつて自分も創ったことがありました。その後、PCがウィルスに感染してファイルは消えたのですが、印刷したものが残っていたので、本日、打ち直してみました。
フィレーネ伝説
かつてこの世界が誕生した頃、全能の神は、地上に楽園を築こうと考え、みずからの肉を取って、その役目をつかさどる多くの神を作った。
ある神には大地を切り開かせ、ある神には命の創造をまかせ、また、ある神にはその創造物に様々な特技を与えさせた。
そして、それぞれの神に役割に応じた地位をさずけ、力の均衡をはかった。
こうして天地創造は順調にはかどっていった。
が、天地創造も終わりにさしかかろうとした頃、森の番人神オディウスは、創造の神の作り上げた人間、フィレーネに恋をしてしまった。
フィレーネは恵みの森に住む美しく若い女性で、その美しさは美の女神も嫉妬を覚えるほどだった。
またオディウスは、位こそ高くはないが、若くて精悍な顔立ちとその誠実な働きぶりから、多くの女神が彼に思いをよせていた。
オディウスは口実を見つけては、フィレーネに会いに行った。そしてフィレーネも、このりりしい神の訪れに胸をときめかせた。
が、同時にフィレーネは、その愛の予感に思い苦しむようになった。
何故なら、フィレーネは神によって作られた創造物であるため、神を愛することは許されていなかったからだった。また、人間は神ほどには命も与えられていなかった。
しかし、会う度ごとに二人はひかれ合い、やがて深く愛し合うようになった。
そしてその愛が深まるにつれ、このむくわれぬ愛の形に二人は嘆き、悲しみ、苦しんでいった。
それを知った快楽の神――彼は全能の神からはたいした役割も与えられず、かねてから高い地位を欲していた――はフィレーネに近づき、禁断の箱のことを教え、それを開ければ創造物でも神になれると語った。
オディウスを深く愛していたフィレーネは、自分を作った創造の神の目を盗み、ついにその箱を開けてしまった。
しかし、それは創造物を神にする箱ではなく、創造の神の作り上げた創造物の命をつかさどる、生命の源の箱だった。
その箱を開けたフィレーネは、結果として神と同じ命を手にしたが、そのおかげで、創造の神はもはや新しい創造物を作ることも、また今ある創造物を長く生き続けさせることもできなくなってしまった。
しかたなく全能の神は、快楽の神を呼んで創造物に快楽を与えさせ、男と女が性交により交わることによって子孫を残し、その生命を保つようにさせ、そしてはかなく消えていく命には、夜、空に星として輝かせることにした。
これによって快楽の神は高い地位を手にいれ、みずからの野望を達成した。
一方、神と同じ永遠の命を手にしたフィレーネは、その美しさ故に女神たちから嫉妬をかい、神を愛し、禁断の箱を開けたかどで裁判にかけられることになった。
神々の間でも大きな噂となったその裁判には多くの神たちが集まった。
女神たちは容赦なくフィレーネに極刑を求めた。
男の神たちは一応にフィレーネに対しては同情的だったが、多くの女神たちが思いをよせるオディウス(裁判の席で彼は懸命にフィレーネを弁護した)には冷たくあたった。
結果、フィレーネは水晶の中に永遠に閉じ込められることとなり、またオディウスも、人間を愛した罪として、その水晶に近づくことすら許されなくなった。
フィレーネやオディウスに対し、少なからず嫉妬心や妬みを持っていた女神、また男の神たちは、これで溜飲を下げた。
また、フィレーネをそそのかした快楽の神は、その高い地位故、罪に問われることはなかったが、ことの顛末をオディウスより知らされた神たちは、それ以降、快楽の神をさげすんで見るようになった。
こうして神々は天地創造を終え、地上での命を終えた創造物の魂を守るため、空に消えていった。
一方、全能の神は太陽となって地上を照らし、また月をおいて夜にはその光で創造物の心をなごませることにした。
人間と神との違いはあれ、二人の愛が本物であると知っていた全能の神は、先の判決は幾分やりすぎであると感じていた。
それで、太陽の運行を少しずらし、月が地球の影にかくれ、みずからの光が届かなくなってしまうという瞬間を作った。
そして神々にこう云った。
私は、過ちを犯してしまった。夜、創造物の心をなごませるためにおいた月に、光を与えられない瞬間を作ってしまったのだ。私はおまえたちを作った全能の神だが、この私ですら過ちを犯すことがあるのだ。オディウスもフィレーネも、確かに過ちを犯したが、いったい過ちを犯すことのない者が、この世界のどこにいよう。
二人は今、十分な罪の償いをしている。だからどうだろう、わたしが過ちを犯す瞬間だけ、月が地球の影に隠れ、その姿を消す瞬間だけは、二人が会うことを許してやったら。
二人は真剣に愛し合っている。その愛が本物であるのなら、月の消えるその束の間くらいは、会うことを許してやってもよいのではないだろうか。
神々は、全能の神のこの提案に納得した。
こうしてオディウスとフィレーネは、月食の、月が姿を消す束の間だけは、再会を許されるようになった。